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短篇小説(連載)忘却の文治(2)

 一週間ほどの一人旅から昨日帰ってきた文治は、久しぶりの我が家での生活を楽しんでいた。

 昨晩は十一時ごろ寝床に入って直ぐ寝落ちした。しかし夜中の二時頃トイレに起きた。冷蔵庫の中の麦茶を飲み、枕もとのラジオを点けた。しかし、訳の分からないジャズ曲が流れていた。やかましく感じて直ぐ消した。そこまでは覚えているが、寝苦しく目を覚ますとすでに午前七時を回っていた。
 和子は隣の部屋のベッドからまだ起き出してこない。文治は、珈琲を淹れ新聞を玄関扉の新聞受けから取り出し、テレビをつけ苦い珈琲を啜った。

 一週間前、リュックサックを背負い、かねてから行きたいと思っていた白樺湖に出かけた。長野県の茅野駅から車山行きのバスに乗って、四十分足らずで白樺湖入口に着く。
 そこには、昔務めていた警視庁の保養所がある。OBは事前に申請すれば安く泊まれる。
 そこを拠点にして、湖の周りを散策した。
 平日ということもあり、山荘には宿泊客がいなかった。
 夜は、一人で食堂の隣にあるリビングで椅子に座り、ウィスキーを舐めながら、テレビ三昧。
 朝は、何十台も運転している空気清浄機のなかにいるよりもさわやかな空気を吸いながら散策し、山荘に戻り朝食。部屋に戻り持参した本を何ページか読み、うとうとしだしたら小一時間程転寝うたたねし、その後リビングで新聞を広げながらテレビを観てゴロゴロしていると、昼飯の時間となる。

 午後は、また白樺湖の廻りを散策。湖畔ではキャンプ客をからかい、ときには仲良くなり、一緒にビールを飲んだりして盛り上がることもあった。
 徐に山荘に戻って、風呂に浸かり、晩飯を食べた後、カラオケルームに入り、一人カラオケで十八番おはこ曲をうなり、部屋に戻りおやすみなさい。
 三日目は、車山に登った。結構きつかった。
 頂上で二時間程のんびりした。何も考えず、景色を眺めていた。幸い好天に恵まれ、遥かな山並みが見通せた。
 一か所に一週間も逗留するのは、文治の性格からして合っているようだ。
 帰りの電車に揺られながら、次回の旅の計画を立てる。
 そのような生活は、七十歳の文治には、あと何年できるのかと思う。お金との相談もあるが、せいぜいあと三年ぐらいかと考える。

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