熊雄(連載④)
熊雄、三歳になった。
依然として熊雄の体中の黒い毛は抜けなかった。このまま成長してしまうのではないかと、達雄とヨシの心配は募るばかりだった。
その頃熊雄が徐々に片言の言葉を話し始めた。父親の達雄は毎日のようにすぐ近くの海岸に、熊雄と一緒に出掛けるのであった。
太平洋を眺めながら、あれこれと我が息子に話しかける達雄であった。
ある日、海岸に出ると海鴨が二羽波打ち際を漂っていた。
熊雄はその鴨達をじっと見つめている。なにかいつもと熊雄の様子がおかしいと達雄は思った。
熊雄は小さな鼻音を発している。二羽の鴨達もグアグアと鳴いている。何か心で鴨と熊雄が話しているような素振りをしているように達雄には感じられた。(あれ? 熊雄、如何したのかな)、父親の達雄は熊雄を家に連れ戻し、ヨシに先ほどの熊雄のしぐさを話した。が、ヨシは笑いながら、
「あんたの気のせいでないのかい」と生半可な返事で終わってしまった。
ある日、達雄とヨシは、寝ている熊雄を家に残し、昆布拾いに出かけた。
朝の七時頃に出かけた。小一時間ほどで家に戻る予定だったが、その日に限り、流れ着いた昆布の量が多かった。あっという間に時間だけが経った。
九時ごろ二人が家に戻った。
寝ているはずの熊雄がいない。
家じゅう捜しまわっても見当たらなかった。ただヨシは家に入る際、玄関の戸が僅かに空いているのが気になった。二人は、家の前の階段を一〇段ほど降りた砂利道の黄金道路やその下の岩場を探した。二人とも必死の形相で熊雄を探した。しかし、見当たらない。
「あんた、誰かにさらわれたんでないべか」とヨシは達雄に聞いた。
「ともかく、隣の家に行ってみるべ」と達雄は、立ちあがった。
達雄が一〇〇メートルほど離れた隣の家に熊雄が来ていないか尋ねると、熊雄がいた。
ちょこんとお座りして一人で遊んでいた。達雄はほっと胸をなでおろした。隣の家の人は、迷惑そうな顔をしていた。
またある日のこと、二人が家に戻る途中、道路の下方で、子供の泣き声がした。まさか熊雄でないかと思いながら、岩場を覗くと、熊雄が頭から血を流し、ワーワー泣いているではないか。大急ぎで二人は熊雄を抱え上げ、傷口を確かめると、掠り傷程度だった。
一人で歩いてきて道路から二メートル下の岩場に落ちてしまったらしい。
達雄は、多分熊雄が後ろ歩きをして、落ちてしまったと直感した。最近よく後ろ歩きをする熊雄を心配そうに見ていたからだった。とにかく普通の子供ではなかった。
熊雄は、年を重ねたが、体中の黒い毛が抜け落ちることもなく、着ている衣類からはみ出していた。
顔、目の周り、口の周り、両耳の周り、それに手のひら、足の裏だけはうっすらとした産毛が生えているだけだった。同じ集落の子供たちは、熊雄を避けた。唯一遊んでくれたのが父親の達雄だった。
達雄にとっては、大切な愛しい、かけがいのない我が子であった。