【短編小説】情報通(第五話)
どこにでも情報通はいるものだ。
とにかく隣近所の話題に詳しいのである。
どこで仕入れてくるのか、とにかく会社の近所の事に詳しい。その界隈の昔の話しやら最近の話題などよく知っている。
そのビジネス街に引越ししてきてから既に十年近くになるある会社の社員の中の一人がいわゆる情報通なのだ。
本人曰く、
「情報収集は、近所の人と仲良くなることだ。気さくに話し合える心掛けを持って接することだ」と自慢げに話す。
これから書く事は彼から聞いた話である。
第五話 (1)
会社から出て、右のT字路の右角から二軒目の食堂の親父が先日の夕方、救急車で病院に運ばれた。店の中で倒れたらしい。
この店の主人は韓国人で日本人の奥様と一緒に切り盛りをしている。
昼時にもなれば、唐揚げ定食を求める客で満杯となる。
ここに店を出してから十五年にもなるらしい。
主人はソウルの出身で、高校卒業して日本に単身渡ってきた。
最初は日本語も解らず手真似身振りで、大変苦労されたとのこと。
新宿で道路整備の仕事にありつき、朝早くから夜遅くまで重労働をして食い繋いだ。きつい仕事の合間にも日本語の勉強を独学でした。
働いたお金の一部を韓国に居る両親と兄弟に仕送りもしていた。
頑張り屋の主人であったが、一部の日本人から酷い差別も受け、悔しい思いをしたそうだ。しかし、ご主人は絶対に日本人に対して恨まなかった。同じ人間だ。どこの国でも悪い輩はいる。と彼は悠然としていたのである。
三十歳のとき日本人の女性と所帯を持ち、ここで食堂を始めた。
働き詰めで、過労で倒れてしまった。
一週間ほどで退院した。彼は、もう何年も母国には帰っていなかった。
先日一週間ほど店を休みにして、奥様と二人で里帰りをしたらしい。
すでに両親は他界されていた。墓参りをして、兄弟とも再会し、日本へ戻ったのであった。
情報通は、身体を大切にして、今後もお店を末永く続けていただきたい、と願っている。
第五話 (2)
その会社の周りには、たくさんの飲食店、雑貨店などが商売をしている。
その中で昔から、ご夫婦二人で仲好く喫茶店をやっている店がある。
店内は決して広くはないが、たばこのヤニが天井や壁に染み込み、なぜか珈琲色の独特な雰囲気を醸し出しているのだ。
ここは純喫茶といえる資格のあるお店なのだ。
つい先だって、奥様が怪我をして二週間ほど店をお休みしたことがあった。常連客はもちろんのこと、皆は、そのお店の前を通りながら、早く開店しないかなあと、思っていたようだ。
そのご夫婦は昔、学生時代、志賀高原のスキー場で知り合い、非常なロマンスの末、結婚されたとのこと。
今でも二人で、冬などスキーに出かけるらしい。非常に仲の良いご夫婦である。すでにお二人とも七十歳は優に超えている。
情報通も、珈琲の美味さに、しばしの至福の時を過ごすのであった。
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