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短篇小説(連載)星堕ちる⑥

 翌日から、次郎は吉蔵と土屋家に向かった。
「おはようございます! 今日から息子も世話になります」
「おはようございます。今日も宜しく頼みます。堅苦しい挨拶はぬきだよ」
 といいながら、嫁のサチが、笑顔で母屋の玄関先に出てきた。
「次郎、ほれ、奥様に挨拶しなさい」
「お世話になります。一生懸命働きます」
「今春、卒業したんだね」とサチが目を細めた。
 長女のツネは既に学校に出かけた後だった。主人の儀一も畑に出ている。
 忙しい一日が始まった。
 次郎は、見様見まねで仕事を覚えようと一生懸命であった。
 二人は厩の農耕馬の藁を取り換えた。古藁を集め、新しい藁を敷く。その仕事が終わったら、次は畑に出てサツマイモやニンジン、キャベツ、当時珍しいブロッコリーなどの野菜の畔の雑草取り、早くも次郎の腰に痛みが来た。要領が悪い。吉蔵に教えてもらい、ぎこちなく無駄な動きをしながら、
喘ぎあえぎ働いた。
 昼時まで長い時間だった。母屋でみんな揃って食事をとる。おばあさんの準備してくれた食事は美味しい。今日は〈手のばしうどん〉に山の幸のおかず、次郎はおなか一杯になった。じきに眠気が来た。横になる。吉蔵に起こされるまでぐっすり寝てしまった。
 ツネが次郎の寝姿を眺めている。不思議そうに眺めている。起こされた次郎は、ツネと目が合った。恥ずかしかった。ツネはこの日も午前中の授業だけで帰ってきていた。
 
 次郎は、黒磯にいるころから、勉強の虫だった。しかし、畑で働けと母親からきつく言われていた。
「そったら勉強をするのだったら、畑に出て働け」と、いつも言われていた。農家は自分の性に合っていない。勉強したいと思う気持ちが年々増していたのである。
 次郎は教員になりたいと思っていた。そのためには勉強するしかない。しかし、祖母や母親は、勉強することは日々の生活には役に立たない、飯の種にもならないという時代遅れの考えだった。それは間違っていると次郎はいつも思っていた。
 修善寺に来て働きながら勉強をしようと次郎は思った。父の吉蔵に相談すると、
「次郎、お前は若い頃の俺に似て、向学心旺盛だな、頑張れ」と言ってくれた。嬉しかった。事のついでに次郎は吉蔵に将来は教員になり、子供たちの役に立ちたいと、話すのであった。しかし一郎と同じく、吉蔵の気持ちの中は、次郎の短気と物事に飽きっぽい性格が気になっていた。
 
 次郎の父親の吉蔵は十人兄弟の四男として育ち、結婚と同時に養子縁組をし、福田の性を名乗った。吉蔵は最近つくづく思うことがあった。
 人の一生は、自分が思い描くような生き方にはならないのが世の常だ。将来こうなりたい。自分の夢はこれだ。そう思い描く設計図は、年々修正を余儀なくされ、当初の夢からほど遠い生き方をする。初志を一生貫き通すことは、将来に向けて、頑固なまでに一途に諦めないでやり通すことだと、吉蔵は思うのだが、思い通りにいくことは稀だ。
 吉蔵は、次郎が将来自分がやりたいことを話してくれたことに、満足した。次郎に頑張れと発した言葉には、自分が挫折した夢を息子が引き継いでくれることを喜び、言葉になったのである。吉蔵はまた次のように思う。
 人のごうというものは、あがなえないものである。これからの次郎の生き方も自分と同じ獣道を歩き出してしまうのか。
 ある意味、次郎の命の傾向性は父親である自分のそれであった。つまり、それは吉蔵自らの生き様に通じていた。
 日々次郎は、父の背中を見ながら仕事を覚えていった。
 

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