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短篇小説 晩景の花火(11)

 次の日、裕は上野毛駅で降り、十分ほど歩いて目的の家を確認した。立派な家である。一億どころではない、土地プラス建物で二億近くするだろうと見積もった。
 早速、近所をあたった。留守のところが多かったが、物件の家の裏手にあるお宅に伺うと、奥様らしい方が出てきた。
「すみません。ちょっとお伺いしますが」と、裕は名刺を差し出した。 
 名刺を受け取った女性は、
「どのような・・ご用件でしょうか?」
「実は、あそこのお宅のお父さんのことでお聞きしたいことがありまして」と言いながら、裕は現像した男性の写真を見せた。
「あれ、この方かしら? うちもここに越してきて二十年ほどになりますが、以前はよくあのお宅のご主人にお会いしましたのよ。愛想の良いご主人でしてね」と言いながらその画像をみながら、首を傾げたのだった。
「ご主人ではありませんわね。こういう顔の方ではありません」と、はっきり言い切った。
「どうもありがとうございました」と言って、立ち去ろうとした裕に、
「最近は、腰を悪くして、ずっと自宅で寝ているようですよ。奥様を三年前に病気で亡くしてから、息子さんとふたり住まいのようです」と言った。
 
 裕は、原宿の事務所に戻り、東郷に調査の結果を報告した。
「裕君、世の中には、とんでもない連中がいるのよね。あの若い学生風の男性は、多分本人に間違いなさそうね。しかし、もう一人の紳士風の男性は、偽物ね。世に言う地面師ね。
 今後も注意して頂戴。今回の件で裕君も勉強になったね」と東郷が微笑みながら話した。
 裕は、社長の言った地面師という言葉を初めて聞いた。
「社長、その地面師って何ですか?」
「裕君、知らなかった? 例えば、その土地の所有者になりすまして、売却を持ち掛け、多額の代金をだまし取る手口の一つでね。そうした手口の詐欺をするやからを地面師と謂うらしいの」
 裕は頷きなが言った。
「社長、今回の件は、まさに地面師詐欺ですね」と言った。
「裕君、世の中詐欺も含め、悪さをたくらむ輩がうようよいるよ。この仕事をしていると、今後経験するかもしれない。十二分に注意して、業務にあたるのよ」
 裕は、「はい」と返事をした。
 都内で不動産業を営んでいると、多くの案件が持ち込まれる。裕は、世の中の様々な闇をこの案件を通して、知ったのであった。
 その後、その二人に連絡を何回か入れたが、まったく通じなかった。
 

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