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短篇小説 晩景の花火(14)

 宮崎旅行から戻り、裕は、昼は原宿で仕事をし、夜はクラブ沙友里で働いた。その一週間後のある日の夜、ママのさゆりから意外な話を聞いた。
「裕君、実は橋田が昨日からお店に出ていないみたいなの」
「え? だってママ、橋田さん、家にいるでしょ」
「それが、昨夜、どこに行ったのか帰ってこなかったのよ。宮崎から帰ってきてから、様子が変だったのよ」と、さゆりは心配そうに話すのであった。
「今日、友ちゃんがお店に出たのが、夜の七時ごろ。いつもは橋田がお店に来ている時間なのに、来ていなかった。困り果てた友ちゃんが、私に連絡をしてきて、マスターがまだ来ていない。と電話口で困った素振りだったので、わたしから取敢えず、お店を開けて待っていなさい、と言ったわけ。そしたらその一時間後また、友ちゃんから連絡があり、橋田が来ないと言ってきた。お客は居るの? と聞いたところ、たった今、一組のお客さんが帰ったばかりだと言ったので、今日は事情がありお休みしますという張り紙をして、店を閉めて帰って頂戴、といって帰らせたのよ」
 
 その後、一週間経っても、二週間たっても、橋田は失踪したままだった。
 一か月後、さゆりは逡巡した挙句、警察に捜索願を提出した。
 二カ月たっても橋田は姿を見せなかった。
 
 ある日の夜、裕が会員制クラブ『沙友里』に顔を出すと、さゆりから、意外な話が出た。
「裕君、来週の月曜日からカサブランカのお店を任すから、行ってくれない」
 裕は、一瞬戸惑いながら、
「いいけど、どうして?」
「もう二カ月も、閉店状態にしておくわけにもできないし、友ちゃんと相談し、裕君だったらいいと言ってくれたし、お願い、この通りよ」とさゆりが裕に頭を下げるのだった。そして、
「もちろん、私がバックアップするわ、約束する。裕君は、昼は不動産業、夜はカサブランカと二足の草鞋を履いて大変でしょうが、君はまだ若い。絶対できるわ」と言ってのけた。ママのその真剣な言葉に裕は、
「判りました。やってみます」とはっきりした声で返事をした。
「ところで、ママ、宮崎旅行の折り、行きの機内で、ママと橋田さんの会話を耳にしたのですが」と裕がさゆりに聞いた。
「ああ、あのこと。私から『あの件』どうするの? と聞いた件?」
「はい、僕あれからずーと、心に引っかかっていたもので」
 さゆりは店の奥のテーブルに裕を誘い、さゆりと向かいあって座った裕に、
「実は、橋田は強請られていたの。強請っていた男は宮崎在住のヤクザの組員でね。昔、橋田がカサブランカのお店を出すとき、マチ金からお金を借りて、その店が最初半年ほどお客の入りが悪く、満足に返済できず、滞納していたところヤクザの連中がカサブランカに押しかけ、大騒ぎとなり、橋田がその組の一人に手を出し、大けがを負わせてしまったのよ。そして警察沙汰になり橋田は略式起訴になってね。事は収まったの。
 しかしその怪我をした男がたまたま宮崎の出身で、その後、宮崎の某組に所属したの。
 正義感の強い橋田のことだから、空港で会うことにして、その男と今まで強請られていた決着をつけようと、あの宮崎旅行の時、私達から離れたのよ。
 私は、何をされるかわからないわよと言ったのに、あの人は、私に何も言わずその後また宮崎に行ったかもしれないの・・」さゆりのすすり泣く声を聞いた裕は、いたたまれない気持ちになった。
「ママ、僕、橋田さんが戻ってくるまで一生懸命頑張るから」と裕が話すと、さゆりは安堵の気持ちからか、涙を拭い微笑んだ。
 

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