静かな音楽会
音楽会の練習が始まりました。去年、ぼくは鍵盤ハーモニカをふきました。でも今年はどんな楽器もやりたくありませんでした。いつまでもよそ見をしていたので「まことくんはトライアングルよ」と担任のみつえ先生が決めてしまいました。銀色のトライアングルをたたくと冷たい音がしました。
演奏の中でぼくの出番は3回しかありません。えんぴつがころがるところ。星が流れるところ。そして冷蔵庫のドアが開くところ。楽譜の三カ所に三つの絵を描いておきました。
大きなシンバルの音で練習がはじまりました。さっきからポケットに入れたばちが見つかりません。あせって出そうとした瞬間、銀色のばちが床に落ちました。
「あれ。こんな所に黒いボタンが落ちている」。講堂の床に小さな穴があいていました。みんなはみつえ先生の指揮に吸い寄せられていて、しゃがんでいるぼくのことに気づきません。暗い穴から「ヒュー」と音がもれました。ばちを穴にそーっと入れてみました。その瞬間、銀色のばちは穴の中に落ちていきました。
「落としたばちを探してきなさい」とみつえ先生がいいました。講堂の外にでると一カ所だけ金網が外れて床下にもぐることができました。奥の方から湿った土のにおいがしてきます。腹ばいで進んでいくと階段に出くわしました。階段を下りていくとネズミがぼくを待っていました。
「どうもありがとう」。ネズミ君はていねいにお辞儀をしました。「大蛇がおれ様を飲み込もうとしていたのさ。なんとまあ、銀の棒が降ってきて大蛇の口にはまりこんで助かったってわけさ」。小さなネズミが「おれ様」といったのがおかしかった。頭の上からシンバルの音がかすかに聞こえていました。
「その大蛇はどこに行ったの?」
「もちろん逃げたさ、あの石垣のすきまから給食室の方にね」
「ばちがないと困るんだ。3日後に音楽会なんだ」
「そういわれてもねー」
ネズミ君はしばらくひげをいじりながら考え込んでいました。そしてぱちんと指をはじきました。「そうだ、こうしよう」
教室に戻るとみんながいっせいに笑いました。みつえ先生が体中にくっついたクモの巣を取ってくれました。そしてみつえ先生から白い封筒に入った手紙を受け取りました。
音楽会の日が来ました。『いいかい。これは僕のひげさ。これでトライアングルをくすぐるのさ。君が感じたとおりの音が出ると思うよ』。ネズミ君はそういってひげを一本くれたのでした。とても太いひげだったのでしばらくネズミ君はほっぺたをさすっていましたけどね。
大きなシンバルの音で演奏がはじまりました。最初の出番がだんだん近づいてきました。
目を閉じると一本のえんぴつが見えました。
えんぴつ君は元気がありませんでした。どこからか消しゴムの笑い声が聞こえました。
「何を書いても消しゴムが消してしまうのさ」。えんぴつ君はため息をつきました。僕はえんぴつ君と協力しながら紙にたくさんの名前を書きました。
「これを紙飛行機にして飛ばそうよ」
名前で埋めつくされた翼は青空に消えていきました。トライアングルをくすぐると飛行機雲のような力強い音色を響かせました。
二番目の出番が近づいてきました。目を閉じるとたくさんの星が見えました。星たちは元気がありませんでした。どこからか太陽の笑い声が聞こえました。
「こんなに遠いと体の芯まで冷えてしまうよ」。星たちはため息をつきました。僕は虫眼鏡を使って光のバッジを作りました。
「これを胸につけてあげるよ」星君はくるくる回りながらうれしそうに夜空に消えていきました。トライアングルをくすぐるとコーンスープのような温かい音色を響かせました。
いよいよ演奏も終わりに近づきました。目を閉じると壊れた冷蔵庫が見えました。冷蔵庫の扉を開くと、あのへび君が口を開けて待っていました。扉から玉子の笑い声が聞こえました。
「木から飛び降りたらよけいにとれなくなっちゃって」。ヘビ君は赤い舌をだらりとさせてため息をつきました。ぼくは長い栓抜きで銀色のばちをぬいてあげました。ヘビ君はお礼を言うと冷蔵庫の奥に消えていきました。冷蔵庫にブーンとスイッチが入りました。
タクトを振るみつえ先生の横にこちらを見つめる丸い顔が見えました。会場に来ていたお母さんの顔です。お母さんは隣町に引っ越していました。手紙には「今年はいそがしくてどうしてもいけないよ」と書いてあったのです。
トライアングルをくすぐると日の光のような輝いた音色を響かせました。ぼくはお母さんの笑顔を思い切り受け取りました。