セックスとDQNと氷河期世代。

一昨年の事。
60過ぎだろうか。年長のマダムは呆れた顔で、独身未婚で10年以上も彼女がいない僕に言った。

「私が若い頃には、いい相手とはすぐにラブホテルに行ったものよ」

僕はできるだけ表情が引きつらないよう勤めながら愛想笑いをした。

日雇い派遣の現場では、世間話で歯止めのないシモネタ談義になる事がある。
汚れ仕事の現場にスパンコールが輝く洒落た靴で来ていたマダムは、日雇いの仕事であっても身だしなみに気を使える人のように見えていたが、どうやらバブル時代に遊びまくったギャルの最終進化系だったようだ。

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就職氷河期世代の僕は、常に金が無かったし、その為に実家暮らしを長く続けていたし、氷河期のあおりで幾度も人間不信になるような事もあったし、もちろん定職に就けていなかったので、恋人を作る事は難しかった。

一応断っておくが、僕の見た目が悪かったから彼女が出来なかったわけではない。冴えない事は認めるが、身長もあるし太ってもいない。ごく稀にイケメンと言われる事もあった。

そんな僕が日雇い派遣の現場で、そういった世間話の流れで「もう何年も彼女なんていない」と言うと、現場仕事に慣れた30代の連中が僕を珍獣を見るような表情になった。

「じゃあヤリたい時は一体どうしているんだ?」

どうやら彼らは自慰という概念を知らないらしい。

他の時の世間話を横で聞いている時など「試しに付き合った」とか「タイプじゃない相手と付き合ったら何か違った面白さがあるかと思ったが無かったので別れた」とか、誠実という言葉が存在しない世界のような会話を耳にする事がある。本当かどうか、稀にしか目にしない人などは「未成年にしか興味ない」とさえ言っていた。

そういった世間話でなくとも、40代で「孫が沢山いて金がかかるから」という理由で日雇い派遣に来ている人もいる。または成人した子供がいる30代後半の父親は子沢山らしいし、子持ちシングルマザーと長年の交際を続けている40代もいる。

就職氷河期世代で50代で独身未婚の僕は、なるほどこういった日雇い派遣の世界では珍獣のようなものなのかもしれないと痛感した。

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しかし僕は僕が珍獣と言うほど珍しい存在では無い事を知っている。

僕の知人や友人で「子育てできる余裕のある収入ではないから」「親になる責任を持てる自信がないから」と、真剣に考えた上で結婚しない人は非常に多い。
自分の家族や、自分の過去なども考え、結婚して親となれるかどうかを熟慮した上で、深く考えた上で結婚しない事を選ぶ人が多いように見受けられる。

また僕と同様に就職氷河期の荒波を経験した事で、結婚して子供を育てるような安定した生活は見込めないから、という理由で結婚を諦める人も多い。
僕のように就職氷河期のあおりで彼女を作ること自体が難しくなってしまった人も多いようだ。

マトモな人ほど結婚を真剣に考え、その難易度の高さに悩み、結婚しない、または結婚できないという結論に至るように思う。

だが日雇い現場で働く人達は、そんな事など考えないようだ。

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そもそも「日雇い現場のベテラン」であれば、若い頃から日雇い仕事をやっていた人という事だ。
日雇いの仕事に学歴は不要だ。

言ってしまえば僕と同じく就職氷河期世代であったとしても、すぐに現場仕事に勤めた人は就職難の被害を受けずに済んだはずだ。

しかし1990年代初頭の風潮ではブルーカラーの仕事は軽視されていた。
わざわざ学校に通ってから勤める仕事ではないという偏見も根強かった。
なので就職氷河期に関係なく現場仕事をやっていたのは、いまで言うDQNが多かった。

もちろんだがブルーカラーの仕事にも専門的知識やスキル、学や判断力や知性が求められる仕事は多い。
また日雇い派遣で働く人には副業としてとか、定年後の生活設計とか、きちんとした仕事の合間に稼ぎたいからという人も多い。
もちろんだが常識ある人も多いし…その割合はその派遣会社にもよるだろうが。

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ともあれ「結婚するのはDQNばかり」という事は、そろそろ現実として意識すべき事ではなかろうかと最近よく思う。

かつて子供に付ける名前で「DQNネーム」というものが話題になったが、その子供たちは既に成人している子も多い。
少子化と言われている時代、就職氷河期から四半世紀異常の時が流れ、DQNの子供ばかりが増え続けた…と言ってしまうといささか極論だが、傾向としてそのバイアスの強さは無視できないレベルにまでなってしまったと思う。

例えば最近世間をにぎわせている「闇バイト」に手を染めてしまう若者達。
とても真っ当な親の元で育って教育を受けているようには思えない。親の顔が見てみたいと思えば容易に想像できそうにさえ思う。

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僕が自炊の為にスーパーに買い物に行くと、子連れの親子を目にする。
その父親の姿は高い割合でアゴヒゲをはやした金髪頭だ。

数週間前に日雇い派遣の仕事で、僕と同世代のオッサンとそういった話になった。

僕と同世代という事は、就職氷河期世代だ。日雇い派遣では様々な世代の人達と一緒に仕事をする事になるが、「就職氷河期世代の苦労話」という世間話になる事は滅多に無い。

彼は「買い物に行くと自分より若い子連れ夫婦を目にするから嫌だ」というような事を言った。
僕が「氷河期世代より若い連中が幸せな家庭を築いていて、軽くムカつくよね」と冗談交じりに相槌を打ってみたが、彼は「いやムカつきはしないんですけれど…」と茶を濁した。

その感情は、よくわかる…とは言えないが、多分わかる。
氷河期世代はそういった幸せから見捨てられた世代だ。氷河期に抗い立ち向かおうとしても、挫けて逃げても、妥協して働いて頑張っても、正規ルートの先には幸せなど無かった世代なのだ。

僕もオッサンも、その現実に翻弄されながらいつのまにか50代になっていて、なぜか日雇いの派遣で日銭を稼ぐしかない人生に陥っている。

僕はともあれオッサンは真面目な性格だった。真面目なオッサンは真面目に頑張っても結婚して幸せな生活を得る事が出来なかったのだろう。
僕たちの世代は、DQNに人生で負けたのだ。

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最近では「僕も若い頃から親の反対を振り払ってブルーカラーの仕事に就いて、DQNのように軽率な恋愛ゲームを楽しんでいれば良かった」と思ってしまう事が増えた。

そんな折に長年お世話になった親戚の訃報があり、その葬儀に赴いた。

親戚の葬式は、とても素晴らしいものだった。
棺を取り囲む弔問者の全員が立派な方々で、御遺族の立ち振る舞いも立派で、その葬儀の全てが映画かドラマのように完璧なものだった。皆、涙を流しながら笑顔で棺を送り出そうと取り囲んでいた。

僕はなんだか恥ずかしくなって、早々に葬儀場を後にした。
日雇い派遣で働く面々の中で、このレベルの葬儀に至る人は皆無だろう。僕を含めて。

親戚の葬儀を目の当たりにして、この世界こそが真っ当なのだと痛感させられた。
日雇い仕事で偉そうにしている「日雇いのベテラン」とは根本的に人種が違うのだという現実を見た気がした。

僕は僕なりに頑張ってきたつもりだったが、結局は50歳を過ぎてから日雇い仕事の現場で働く「新人日雇い」になってしまった。
しかし僕がもっと賢く、もっと頑張っていれば、親戚のような真っ当な世界で幸せな人生を得られたのかもしれないと思う。

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僕は日雇いの現場では、年齢で人を差別しない。18歳の若者にも頭を下げ低姿勢で接している。
最近その18歳の若者が、僕を軽く扱うようになってきた。タメ口で僕をからかうジョーク。僕は案外とそういった事は嬉しく感じる。若者から煙たがられるよりずっと良いからだ。

しかしその親は30代後半の子沢山だ。
20歳近く年上の僕に偉そうに振舞ってくるが、それは彼なりの親切心のようだ。僕にとっては30代後半も若者だ。頭を下げ低姿勢で接している。
彼が50代になったら、いまの僕を思い返したらどのように思うのだろうか。

一方で、50を過ぎた僕はもう世継ぎが欲しくても得られないだろう現実に悩み苦しんでいる。
結婚や子供については人それぞれの価値観があるだろうが、僕より若い世代であるならば絶対に結婚は諦めてはいけないと切に思っている。子を設けない人生なんて長く生きる意味さえないからだ。

一人で生きて一人で死ぬだけの人生なら、寿命まで頑張って生きる価値は乏しいと思う。

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