ヨネコ

中学のときの家庭科の先生は、ヨネコだった。
当時50代くらいの、少し年配の先生だ。
わたしは、家庭科は得意だった。
料理も裁縫も好きだったから、成績はいつも5だった。
クラスメイトは、わたしに
「とりこは家庭科の先生になればいい」
と言っていた。

わたしは男子にものすごく嫌われていて、いじめられていたけれど、ヨネコはそれを知らなかった。
ヨネコはわたしに
「ここの学級委員はとりこさん?」
と聞いた。
そんなわけがないだろう。
男子も女子も受ける授業の先生は、みんなわたしが嫌われ者だということを知っていた。
知らなかったのは、ヨネコだけだ。

ヨネコはわたしを過大評価していた。
けれど、ふだん評価されることのないわたしにとって、ヨネコの過大評価は嬉しかった。

家庭科の先生になれたら良かったな。
そんなことを思う。
けれどわたしは生徒に嫌われてしまうだろう。
わたしは人間関係が苦手だから。

ああすれば良かった、こうすれば良かった、あんな人生なら良かった、こんな人生なら良かった。
あれこれ妄想しても仕方がない。
今のわたしは、障害者グループホームで暮らし、B型作業所で働くしかない、正真正銘の精神障害者だ。

調子を崩して作業所を何日かお休みしている。
けれど今も感情の波は安定しない。
こんな肌寒い11月末、どうしてヨネコのことを思い出したんだろう。
評価されたい。
承認欲求を満たしたい。
今は、そんな気持ちなのかも知れない。

わたしが子供だった頃、周りはひどかっただけではなかったのだろう。
ヨネコだけではない、知らないところでわたしを支えてくれていた人たちは、きっといたのだろう。
そういう、思い出せないほどの淡い関係性も、わたしの周りにはあったのだろう。
今、わたしは生きている。
自ら命を断つようなことは、これまでになかった。
きっとわたしは子供の頃も、恵まれていたのだろう。

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