中途社員の能力不足と解雇
Zemax Japan事件(東京地判令和3年7月8日令和元年(ワ)第24264号)
(事案の概要)
中途採用社員が労働契約締結時に期待された能力を下回る状況であることに加え、会社の指導改善にも応じる意思を有していないことを理由に、解雇が有効であるとした事案
(論点)
①就業規則がない場合の解雇の根拠
②どの時点までの解雇事由を主張できるか
③中途採用社員の能力不足を理由とする解雇の有効性判断
(経緯)
1 会社Y(以下「Y社」という。)は、米国に本社を置く会社の子会社であり、本社が開発した物理系ソフトウェア(工学設計解析ソフトウェア等)の販売及び顧客に対する技術的サポート(テクニカルサポート)等を業務とする株式会社である。本訴訟当時、被告の従業員数は、代表者を含め7名であったため、就業規則を作成していなかった。
2 労働者X(以下「X」という。)は、転職サイトに大学卒業後、複数の大手企業等で数多くの量産製品の開発設計の業務を行ってきた物理系技術職のエンジニアである旨を記載した履歴書を登録していた。
Y社には、当時、エンジニアが在籍しておらず、顧客からソフトウェアに関する質問があった場合、他国のグループ会社に所属するエンジニアに問い合わせた上で顧客に回答していた。そのため、Y社は、エンジニアの採用のために、転職サイトに掲載されていたXの履歴書の経験を踏まえ、Xと採用面談を実施し、英語での意思疎通が十分でなかったものの、平成28年9月11日に内定を通知した。
そして、Xは、平成28年10月3日当時、Y社において唯一のエンジニアとして、顧客からの技術的な問合せに対し、メールで回答するテクニカルサポート業務などを担当し、同年12月末日に本採用された。
しかし、Y社は、平成29年3月8日、Xの業務遂行能力の低さ等を理由に、「労働能力もしくは能率が甚だしく低く、または甚だしく職務怠慢であり勤務に堪えないと認められたとき」に該当するとしてXを解雇した。解雇理由に関する事実関係の概要は、次のとおり。
⑴ Y社代表者は、平成29年1月10日に、Xの上司C(以下「C」という。)から、エンジニアリングサービスチーム内の顧客アンケートの回答において、Xの評価が最も低い旨を伝えられ、またY社内でも顧客からXに不満が出ているとの報告を受けた。
これを受け、Y社代表者は、Xが気軽に相談できる相談役(バディ)をつけることとし、同年2月10日、バディとしてJ氏を選出した。
しかし、その後。Y社代表者は、J氏からXがバディ制度を積極的に活用していない、バディとの会議を実施しようとしたがバディは相談を受けなかったとの報告を受けた。
⑵①顧客Aから、平成29年(以下全て平成29年の出来事であるため省略)2月7日、Y社に対し、Xが顧客の質問に対してマニュアルを読むよう回答したメールについて「マニュアルを読んでも分からないので質問させていただきました。ありがとうございました。」などと記載されたメールが送信された。
②顧客Bから、2月15日、Xが顧客の質問に回答したメールについて、「以下のX様の文章、意味が分かりません。もう少し詳しく解説いただけないでしょうか。」「シミュレーションとしては用をなしていない」などと記載されたメールが送信された。
③顧客Cから2月24日、エラーの番号がわかるエラーメッセージのスクリーンショットとともにエラーの解消方法に関する質問のメールが送信されたのに対し、Xは、「エラーについては、この情報だけではわかりませんが」として、捜査において注意すべき点を記載したメールを送信した。Y社代表は、2月28日、Xに対し、Cから示されたエラー番号に関する質問に対する回答として参考になるURLを指摘するメールを送信した。
④顧客Dから、2月28日、「ミックスモード」に関する質問が送信されたのに対し、Xは、参考になる英語サイトのURLを記載した回答を送信した。Y社代表者は、Xに対し、引用したURLが誤っていることを私的し、再考の上Dに連絡据えるように指示した。
⑤顧客Eから、2月28日、パラメータの変数化に関する質問がなされ、Xはマニュアルの参考箇所を指摘するメールを送信した。Y社代表者は、Xに対し、参考箇所の指摘のみでは回答として不明確で不親切である旨を指摘し、確認してEに連絡するように指示した。
⑥顧客Fから、2月28日ガウアシンビームを設定する方法について質問を受け、Xは、3月1日にサンプルを参照することができるURLと詳しい設定方法が記載された英語サイトのURLを添付した回答を送信した。Y社代表者は、サンプルの参照は正しいが、正しく親切な回答は日本語で「ガウアシンビームでの設定はアバチャーで可能です」との内容としてスクリーンショットを添付し、Xの回答はFの質問と異なる部分がありFを困惑させてしまう旨を指摘するメールを送信した。
⑦顧客Gから、3月1日、環境設定、屈折率等に関する質問がなされ、別の従業員が対応していたが、Y社代表は、Xに対し、回答方針とスクリーンショットを添付して回答するように指示したが、Xはスクリーンショットを添付することなく回答を送信した。
⑧顧客Hから、3月3日、システムの不具合等に関する質問が他の従業員になされ、当該従業員から対応を尋ねられたXは、対応方法(USBキーを抜いて再度やり直すこと、上手くいかなければ取り急ぎ旧バージョンを使ってもらうことに加え、「不具合の状況を米国本社に報告して対応を尋ねてください」という内容)を記載したメールを送信した。
⑶ Xは、Y社における2月24日から開催される顧客向けのセミナーの1日目の講師を担当したが、アンケートでは、よくない点として「1日目の講義の説明が早く理解できないまま進んだこと」「初日」、分かりにくかった点として「1日目が全て」など、Xに対して低い評価がなされていた。また、Xは、Y社代表者に対し、「顧客対応をしながら、翻訳を氏、セミナーの講師まで勤めている人はいません。」などというメールを送信した。
⑷ Y社代表者は、3月6日、Xとの面談を実施し、業務の質及び料並びに勤務態度について改善の必要があること、毎日どのような仕事をしているかを確認したがXは答えたくない旨の回答をした。
また、Y社代表者は、被告で働くこと、技術サポートとして業務に従事することについて質問したがXは無言に終始し、今後もY社で働き続けたいかについて質問したが、Xは、どちらでもいいですと回答した。
⑸ Y社代表者は、3月7日、Xが前日分を含めた顧客からの質問を4件回答していないことに気づき、XにY社代表者が対応するため回答しないように伝えたが、Xは、3月8日に当該質問に回答した。
【裁判所の判断】
(結論)
①就業規則が存在しない場合でも、民法627条1項本文に基づく解約の申入れとして普通解雇をすることが可能であるが、解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、権利を濫用したものとして、無効となる(労働契約法16条)。
②解雇時に示された解雇理由に挙げられていない事実であっても、解雇の意思表示の時点までに客観的に存在した事実であれば、当該事実は解雇の理由となりうる。そのため、解雇通知書に記載された具体的な事情の有無及び程度に加えて、使用者が主張する解雇に至った経緯を総合的に考慮して、解雇が無効か否かを判断する。
③本件におけるXの解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当とは認められないとはいえないとして、有効と判断した。
(理由)
1 Xに求められた能力について
⑴ Xは、Y社製品を含む工学を扱う業務について相当の知識と経験を有している旨の経歴を登録し、Y社はこれを受け、Xにテクニカルサポート業務を行う相当の能力があると期待してXを採用したものであることから、労働契約上、Xには、顧客からの相当数の質問について、少なくとも顧客から不満が出ない程度の内容の回答をする能力を有することが求められていた。
Xの顧客に対する回答の中には、英語サイトのリンク先やマニュアルの該当箇所を示すだけのものがあり、一部の顧客から不満が出ており、Xの回答件数が他国のエンジニアと比較して多くなかったことから、Xのテクニカルサポート業務の能力は、一定程度、期待されていた能力を下回る状況であった。
また、米国本社は「無駄な」スクリーンショットの添付をしない方針であり、Y社が顧客に分かりやすい回答を作成する趣旨でXにスクリーンショットの添付を求めたことは不相当とはいえず、XがY社の指示に従わない理由をY社に説明しなかったことは、能力不足を構成する一要素となる。
⑵ Xがセミナー講師を務めつつ他の業務を実施することについて消極的な態度を有していたことについて、Y社は、Xに対しセミナー講師を担当する前後にもテクニカルサポート業務を行う能力を有することを求めていたが、Xがこれに応えられない旨を述べていたという点で能力不足を構成する一要素となる。
そして、Xが講師を担当した日のセミナー受講者のアンケートには原告に対する不満が記載されており、改善が必要であった。
2 改善の機会の付与
⑴ 能力不足を理由として解雇する場合、まずは使用者から労働者に対して、使用者が労働者に対して求めている能力と労働者の業務遂行状況からみた労働者の能力にどのような差異があるのか説明し、改善すべき点の指摘及び改善のための指導をし、一定期間の猶予を与えて、当該能力不足を改善することができるか否か様子をみた上で、それでもなお能力不足の改善が難しい場合に解雇をするのが相当である。
⑵ 本件について、本来であればY社代表者からXに対し業務改善プランを示し、改善点の指摘及び改善のための指導を氏、改善の機会を与えた上で解雇するか否かを判断するのが最も望ましい対応であった。
しかし、XがY社が工面したバディを積極的に活用せず、Y社代表者から回答にスクリーンショットを添付するように指示され了解した旨回答しながらスクリーンショットを添付した回答を作成する姿勢を示さず、Y社からの今後の業務に関する考えやY社での終了に関する考えを問われても回答せず、勤務継続についてどちらでもいい旨の回答をし、Y社代表者から対応しなくてよいと指示を受けた質問をY社代表者の了解を得ることなく勝手な判断で回答を送信するなどした。
これらのXの言動からすれば、Y社代表者が、およそXがY社代表者の指示に従って業務を行う意思を有していないものと判断し、業務改善プランを提示せずに解雇をする方針に至ったこともやむを得ない面があった。
⑶ Xのエンジニアリングサービス業務における回答の質及び件数並びにセミナー講師担当前後の回答担当の可否について、Xの能力又は能率がY社から求められていたものに比べて一定程度低かったと認められるが、これらのみをもって直ちに労働能力又は能率が甚だしく低いとか甚だしく職務怠慢であるとまでは評価しがたい。
しかし、これらのXの能力又は能率が一定程度低い点については、Xがこれを受け止め改善する意思及び姿勢を有していなければ改善の余地がないところ、Xは、Y社代表者に対し指示に従わない姿勢を示し、Y社で勤務を続けることについても積極的な姿勢を示さなかったのであるから、XとY社の間においておよそ適切なコミュニケーションを図ることが困難な状況であったといえ、改善可能性がなかったことを合わせると「労働能力もしくは能率が甚だしく低く、または甚だしく職務怠慢であり勤務に堪えないと認められたとき」に該当し、解雇が客観的に合理的な理由を欠くものと認められない。
そして、Xの態度に加え、Xとの労働契約はY社がXを即戦力として中途採用したものであることに照らせば、Y社がXに対して何らかの処分等を経ず、比較的短い期間で解雇を選択したことについて、社会通念上不相当であったとはいえない。
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