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1.前年度(前所属)の3月最終日〜嵐の前の静けさ〜

この話の主人公、邪馬摩耶やままやは、20代半ばの県庁職員だ。
県庁所在地から電車で1時間以上離れた、自然豊かなエリアにある高校事務室で、新規採用職員として勤務して、3年目になる。

摩耶の担当は、庶務の統括(「経営企画室長」と呼ばれる係長級の上司が行う)の補助、入学選抜、学校積立金管理、各種証明書発行、窓口受付業務、文書収受etc.だ。

定員4名の事務室で、事務室長の下に係長級の40代中堅男性職員(以降「係長」と呼ぶ。)、30代若手(?)主任級女性職員(「主任」)、そして新規採用〜3年目の邪馬摩耶(主事級)、の体制。
地域事務センターという別の部署と各業務でやりとりしながら、各仕事は進んでいく。

新卒の1年間は、そんなこと考える余裕もなかったけれど、
2年目あたりで摩耶はふと思うのだ。

なんか、楽だよなぁ

と。

現在の摩耶はつくづく思う。
(そのころの私をグーで殴ってやりたいよ……!
いや、でもいくらこんな程度の自分の顔であっても、顔にあざが残るのは嫌だ……
パーで張り手するぐらいで勘弁しておこう笑)

当時は思いもしなかったけど、いまなら摩耶にもよーーーーくわかる。

仕事で物理的に楽できていて、ゆえに精神的に楽だったのは、
摩耶以外の3人が公務員的に優秀だったから
である。彼女がデキる女で、業務をパキパキこなしていたとかではない。

一人でぜんぜん仕事できてんじゃん私。とか摩耶は思っていたけど、
(あれは、3人が私に負荷をかけないよう、守ってくれていただけだったな)
と思い返す摩耶だった。


だってーのに、内心では酷い女である摩耶は

・(室長、絶対同じこと2回かそれ以上言うし、話くどいんよね……)

・(係長の鼻毛常時出てる問題、何故奥さん指摘しないんだか……不倫防止?)

・(主任、メイクちょい改善すれば、少なくとも今よりか垢抜けんじゃね……)

とか常に基本失礼極まりない内心で、もちろんそんな様子おくびにも出さずだけど、職場にいてしまった。
もう懺悔しかない……。
というか、あのときそんな私だったから、バチが当たったのかなあ。。。
というのは、小学校に移って3年間ちょいちょい考えたことでもあるんだが。

異動するだろうとは言われていて、3月23日ごろだったろうか、電子掲示板に異動発令が発表された。

摩耶はフタを開ければやはり異動で、県庁所在市西側にある小学校事務室とあった。

最初に思ったのは、「うわ遠いなぁ!」だった。

その時の職場は自宅(一人暮らしのアパート)から自転車で20分と、程良い近さだった。
小雨程度で帰路なら、レインコートを着ないで全身濡れて帰ってもまーいいか、的な気安さというか。

今度は、自転車〜電車〜バス(か20分くらい歩くか)になりそうだ。


事務室長からは、3月初旬ぐらいから、
「どうなるかわからないけど、3年間の振り返りを兼ねて業務引継書はしっかり作っておいてください」
と指示を受けていた。

3年前に前任者が作成した、完成度の高い引継書が摩耶の手元にあった。
大いに参考にしたと言うより、紙とデータで残してくれていたものだから、データ部分の変更箇所を修正して、楽に仕上げることができた。
事務長に確認してもらい、これでいいですよと言ってもらえた。

なので、あとは高校事務室での勤務最終日となる、3月31日夕方ギリギリまで、自分の仕事の前年度処理、あるいは新年度準備(新しく来られる方が使うためのフラットファイルにテプラを貼るだとか)を、頑張るのみだった。


31日の夕方前、先生方も交えて「お別れの会」が校内で開かれた。

摩耶が新規採用で配属された3年前、令和3年当時は、コロナ禍真っ只中であり、お弁当やお茶の会自体が中止判断になった。

3年後の今、コロナ禍が開けて、一つの場所に集まって異動者や退任者の門出のお祝いの集まりが、できるようになった。

事務室のみんなと、いつも通りマスク姿で、会場の調理・被服室への廊下を歩いていたとき。
主任が、摩耶の肩をとんとんとタッチした。

なんですか、という感じで振り向き、主任が手で示す方を見た。

摩耶の目に飛び込んできたのは、柔らかいピンクと、輝くような青。

満開の桜、そして桜の上には空が、どこまでも青く澄み渡っていた。


その後の「お別れの会」で自分がマスク越しに何を喋ったのか、他の方の話がどんなだったか、いまとなっては摩耶はもう全く覚えていない。

けれど、あの日の桜と、青空はよく覚えている。

いいことありそう!って思えた。


現実はそうとも言い切れなかったけれど、というか全てを経た今となっては、
「散々だったんだよオイあの日の私よ……」って言うべきなんだけれど……

美しいものを見て、美しいなと真っ当な(ある意味のんきな)感情を、自分の中から外へ放出できるのも、心が平穏無事だったからだよなぁと思うけれど……


でも、あの日の桜と青空の美しさは、摩耶の中でずっと消えず、残っていく。

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