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そして、本は笑うー近世崎陽異説譚ー【連載部門 第二話】

目覚めると雪之丞は手術の真っ最中だった。
何人かの日本人の男に抑えられ、無麻酔で治療を受けている。
雪之丞「!!!!」
口には舌を噛まないように猿轡をされ、発狂しそうな痛みに声にならない絶叫をする。
コロン、と音がして取り出された銃の弾が皿に落とされる。
フランツ「皆さん注目!これが銃弾です。体内に残された弾丸は金属でできていることから、体内に取り残されると体を壊死させます。」
周囲の日本人たちが「おおお」とどよめく。
フランツ「摘出した後は縫合します。よく見ておくように。」
雪之丞「!!!」
雪之丞は苦悶しながら、オランダ商館医フランツの外科手術を受け、気絶する。

また、炎に包まれた夢を見る。
そこで、前回焼けた友人が生き残っていた。
雪之丞は彼を肩に担いで歩いていく。
友人「雪、頼みはあるんだ。」
雪之丞「え?」
友人「こんな歴史変えてくれ。」

雪之丞が飛び起きる。
雪之丞「俺は、確か盗賊に襲われて、高鉾島に・・・」
カイ「大丈夫だったか、ユキ」
フランツ「天才医師の俺が手術したんだから、大丈夫に決まってるだろ?」
枕元にはカイと商館医のフランツがいた。
フランツはタバコを咥えて当たり前のように笑う。
雪之丞「死ぬかと思いました・・・しかし、なぜ俺はオランダ商館に?」
カイ「銃弾を体に受けていたからね、医学実習のいい事例になると奉行所に許可をもらって引き取ってきた。」
フランツ「実際、日の本じゃこの手術ができる人間はいない。ラッキーだったな。」
雪之丞「それは・・・ありがとうございます。」
雪之丞は実験の鼠にされたなと察する。

雪之丞はカイと2人になる。
雪之丞「カイ様、お尋ねがあります。なぜ、昨日は高鉾島にいたんですか。」
カイ「ああ、あそこは船の係留地近くだからね。船の様子を見に行っていた。」
カイ「それが島に侵入者がいると騒ぎになって、急遽護衛されていたんだが、ユキの姿が見えた気がしてね。追いかけてしまった。」
雪之丞「俺を・・・!」
カイ「しかし、君は運がよかった。あの二股の道でよいほうの崖を引き当てたんだからね。」
雪之丞「え?」
カイ「あそこはどちらに行っても崖なんだが、左の崖は落ちたら死体も上がらない場所だ。右は崖だが下に岩盤がせり出していて落ちるが…多分、死にはしないだろう。」
雪之丞はここで、冒険の本が言った3つの答えのうち、「嘘はカイが盗賊の内通者である」というものであったと確信する。
雪之丞「よ、よかったあ~!」
雪之丞はホッとして力が抜ける。
カイ「本当にラッキーだったな。」
雪之丞「・・・はい。」

雪之丞は持ち物を確認する。
雪之丞「カイ様、あの本を見ませんでしたか。竜の装飾のある洋書・・・」
カイは不思議な顔をする。
カイ「見てないな…いや。」
カイ「君を助ける際に人が大勢来てね。その中の誰かが持って行ったかもしれない。」
雪之丞「えええええええ!」
雪之丞は青褪める。あれ程、苦労したのに本を持っていかれてしまうなんて。
雪之丞「あの、その男の特徴を覚えてますか?」
カイ「ああ、確かひょろ長い男で奉行所の関係者のようだったが・・・いや。」
カイ「彼は奉行所に人間らしくない、蛇の入れ墨をしていたなあ。」
雪之丞はそこで、本を奪ったのが蝮一家の残党だと気づく。

長崎の山の廃墟
田作「へへ、この本さえあれば」
田作は蝮一家の下っ端で小物臭のするチンピラである。
田作が本をめくる。
田作「おい、本!俺が新しいご主人様だ!いうこと聞きやがれ。」
本は反応しない。
田作「そうだな、まず江戸にもどる路銀が欲しい。金を稼ぐ方法を教えな!」
本は変わらず反応しない。
田作「おうおう、てめえがその気ならこっちにも考えがあるぜ。」
そういうと田作は本を燃える囲炉裏に突っ込もうとする。
冒険者の本「あー、面倒だな。わかった話を聞いてやる。」
そこには日本語で文字が浮かび上がった。
冒険者の本は田作に合わせてひらがなになっている。
冒険者の本「銅座にある鉄火場(博打場)に行け。」
冒険者の本は田作と会話したくないが、田作はそこに気づかず破顔する。
田作「お前がいれば俺は大儲けだ。」

奉行所
雪之丞は信乃に蝮一家の件を報告するが、冒険の本が手元になく上の空だ。
信乃「名村、聞いているか?」
雪之丞「は、はい!」
信乃「褒美はこの紙に書いてある通り取らす。あわせて、お前に頼みがある。」
雪之丞「え?」
信乃「あの日、高鉾島から逃走した蝮一家の残党が長崎に潜伏し、奉行所で捜索している。地元の人間であるお前にも協力を願いたい。」
雪之丞は信乃から人相書きを見せられる。
その中に、雪之丞が意識が途切れる前に見た顔の男がいた。
雪之丞(こいつか!)
雪之丞「協力させてください!」

冒険者の本は思う。
人間はなんてつまらないやつが多いのかと。
せっかく生をうけたのならば、なぜ高い目標を掲げ生き抜こうとしないのかと。
それは、この国も海の外も変わりはない。
目の前の鉄火場で田作は賽振に精を出している。
冒険者の本「あーつまらない。」


雪之丞は人相書きをもって、色々なところに聞き込みに回る。
男「あ?この男?知らないなあ。」
女「これ誰だい?」
少女「雪兄、この前はありがとう!江戸のおじさん・・・?ちょっと友達にも聞いてみるね。」
なかなか成果が上がらずにがっくりする雪之丞。
茶屋で茶を飲みながら、なぜ自分が冒険の本を欲しているのか改めて考える。
長年、異国に憧れている。日ノ本にはない技術や文化をこの目で見たいと、多くの洋書を読み、学び思いをはせてきた。それを知らずには死ねない。
カイには「海の外に君が思うような楽園はないよ」と困った顔をする。そうだとしても、自分の目で全てを確認したいのだ。
雪之丞(海外渡航が国禁である限り、夢を叶えるには冒険者の本にしか可能性はない。)
雪之丞(しかし、あの本は不思議だ。彼がどこから来た?感情があるようにしか見えない。というか・・・まるで人間のようだ。)
雪之丞(あの本は信用できるのだろうか?)

少女①「雪兄!人相書きのおじさんこの子が見たって!」
少女②少女が同い年くらいの少女④を連れてくる。
少女①「このおじちゃん墓の上にある小屋にいるの。遊んでる時入っていくの見た!」
雪之丞はこうして、残党の居場所を突き止める。

田作「江戸に戻るにはいい具合に金も溜まったな。で、問題は関所だがどうやって越えるか。」
田作は冒険者の本を開き尋ねる。
冒険者の本は文字を書かない。
田作は焦る。
田作「その気なら、燃やしてやる!」
田作が本に火を近づけると冒険者の本が文字を浮かべた。
冒険者の本「私は自分が認めた相手としか話をしたくない。君には飽きた。」
田作「なにいい!」
激高した田作は本を燃やそうとする。

パンっ

田作の横を銃弾が通り過ぎる。
入り口には雪之丞が銃を向けて立っていた。
動揺する田作。
田作「お、おい、お前この本がどうなってもいいのか!」
雪之丞「・・・取引しないか。」
雪之丞「俺は、お前を江戸から追ってきた役人と懇意にしてる。俺からお前が罪に問われず江戸に戻れるように掛け合ってやる。」
田作「へっ、そんなことでこの本を手放すわけないだろ!」
雪之丞「なら、ここで死ぬか?この距離なら俺はお前の命を奪う自信がある。」
雪之丞と田作はにらみ合う。
田作「ほらよ。」
田作は本を投げよこす。
雪之丞がそれを拾おうとしたとき、田作は雪之丞に突進して銃を奪おうとしてくる。
田作「こんな、一世一代の機会を棒に振るかよ!俺みたいなのがのし上がるのにこの本は必要なんだ!」
田作は火のついた木の棒で攻撃してくる。
雪之丞は冒険者の本がオランダ語で文字を浮かべているのがみえる。
雪之丞は、銃口を右に向けるとロープの綱を切った。
田作「え?」
田作の上に釣り棚の荷物が落ちてくる。
田作「うわあああ!」
雪之丞「あ、」
田作の持っていた火の棒が荷物に引火する。

小屋が燃えている。逃れてきた雪之丞は、気絶した田作を背負い、本を握りしめ近くに避難した。
冒険者の本「おいて来ればよかったのに。」
雪之丞「約束したんだよ。捕まえるって。」
冒険者の本「江戸の役人?」
雪之丞「そうだ。」
冒険者の本「本当に交渉するつもりだったの?」
雪之丞「・・・通詞の話なんざ、聞くわけないだろ。というか・・・お前、日本語も書けたんだな。」
冒険者の本「ああ。蝮の時は盗賊たちに関わりたくなかったからね。読めない文字にした。」
冒険者の本「・・・君は私が出会った人間の中でも頭がいい方だ。蝮を出し抜き、今回は私を見つけ出した。はったりをいう度胸もある。」
冒険者の本「私は…君となら契約してもいいと思っている。君だって私を探していたということは契約する気だろ。」
雪之丞「契約したい。俺はこの狭い世界から出てみたい。ただ、別に気になっていることがある。」
雪之丞「お前は感情があり、人を観察し値踏みしている。一体何者なんだ。俺には・・・お前が人間のように見える。」
冒険者の本「へえ・・・ご名答、私には人格のようなものもあるし、嘘もつく。本の形をした人間、そう思ってくれていい。」
雪之丞「お前の目的はなんなんだ。契約した招待客を会議に参加させる、それだけが目的じゃないんだろ。」
冒険者の本「それは、契約者にしか言えないな。・・・ただ、君が契約する気があるなら先に言っておくことがある。」
冒険者の本「招待客はそれぞれ願いを持っている。複数の願いは、1つに絞らなくてはならない。方法は、暴力で意見を揃えさせても・・・殺してもいい。」
雪之丞「!!!・・・招待客同士の潰しあいが始まるってこと…か?」
思った以上に血生臭い話に巻き込まれていることを感じ、ゾッとする雪之丞。
冒険者の本「しかし、生き残れば、あるいは相手を説得できれば・・・君の願いは叶う。」
冒険者の本「君の願いは、他人を犠牲にしても叶えたい夢なのか・・・?例えば人を殺してでもね。」
雪之丞は息を呑む。

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