優しい嘘をお願い その4
しかし英美は「危ない」選択をしてしまったようだ。数か月経ち、英美と夫は完全に別居して、離婚に向けて手続きを始めた。ところがそのころ何とまた英美がジュンコと仲良くしているという。以前のようにいっしょにショッピングに行き、いっしょにお茶し、いっしょにTVを観て、いっしょに食事して、おしゃべりに花を咲かせているという。『えっ、なぜ?あんなことされてどうしてまた付き合えるの?』普通なら顔も見たくないというのが当たり前だ。ジュンコは英美の車を傷つけただけじゃなく夫も盗ろうとしていたんじゃないのか?ジュンコは英美に対して謝罪したのだろうか。そして英美はジュンコを許したのだろうか。
あの雨の夜以来、英美とジュンコとの間にどんなことが起こったかどんな話し合いがあったか私は知らない。でも英美がジュンコとまた付き合うようになったのは孤独が大きな原因の一つだと思う。私は英美の聞きたくないことをズバリと言ってしまったから彼女が私と仲良くする線は無くなった。親友だったはずの友子さんには避けられてしまった。その他、周りを見渡してもジュンコに代わるような相手はいなかったのだろう。結局誰もいないことに気付いて深い孤独感に陥ってしまったに違いない。だからって自分を裏切り、これからも裏切るかもしれないジュンコとまた付き合う?多分英美はジュンコが大好きで可愛く思っていたのだろう。愛は全てを乗り越えるという事か?それとも孤独に耐えられなくなったからジュンコの罪には目をつぶったのだろうか?
『かわいそうに、心の弱い彼女は私の悪い亭主に操られていたの。ジュンコは被害者なのよ。もしかしたら夫と彼女は身体の関係があったかもしれないけどそれは考えないでおく。もしかしてむりやり関係を持たされたかもしれないじゃない。とにかく、彼女は悪くないの!』なんて英美は自分を納得させているのかもしれない。なんと不公平な。ジュンコとは表面上は以前と同じ関係。私と英美との関係は無くなった。英美にしてみれば私は人の心を平気で傷つける悪い奴で、反面、加害者であるはずのジュンコは弱い守ってやるべき被害者なのだ。しかし彼らの友情には信というものが無くなってしまっているに違いない。何かのきっかけがあれば二人の関係は終わってしまう気がする。英美とジュンコの二人はウソと作り話の世界に生きているようだ。彼らには怖ろしい事実と真実をそのまま受け入れることができないのだ。だから彼らだけの世界で嘘に生きている。私とは住む世界が違う。でも残念ながら違う世界の住人は時に外に出てきて私の周囲にうじゃうじゃ存在していることもある。
私はこの一件があってから、もし誰かからアドバイスやコメントを求められればまず一番にその相手が私に何を言って欲しいかを考えることにした。相手の嫌がることを極力避け、自分の思うところが相手と違うなら少しまたは大幅に表現を変えて伝える。『私は貴女の母親でも姉でもないのだ。本当に本当のアドバイスが欲しかったら親兄弟に聞けばいいのだ。』それにずるいかもしれないが、大体の人は「あなたのアドバイスにしたがったけどうまく行かなかった。」なんて訴えてはこない。それと周囲に期待されている私の役割に沿った意見をいうこと・・・。自分の個人的見解と職業人としての自分の意見が微妙に乖離している人もよくみかける。やはり社会で生きている限り本音は言えないし、本当のことも場合によっては言ってはいけないのだ。
「結局、英美とジュンコは元に戻ったのね。英美は夫とは別れたけど。『男は貴女の人生に入ってきてそして出ていく。でも女友達はいつもそこにいてくれる。』っていうものね。」と友人は言った。でもそれはあの二人には当てはまらないんじゃないかなと内心思ったが私はあいまいにうなずいた。窓の外に大きな水鳥が海に向かって青空を飛び立って行くのが見えた。
終わり
この物語はフィクションです。登場人物は架空であり、実在のものとは関係ありません。