2/19 『芸人人語』を読んだ
面白かった。爆笑問題・太田光による、2019年末~2020年の時事などについて語られたエッセイ。
日ごろテレビやラジオで太田さんの語り口にはよく親しませてもらっているが、こうしたエッセイとしての語りを読むのはなにげに初めてだったかもしれない。当たり前だが文章なのでテレビやラジオのようなはっちゃけぶりのない穏やかな話しぶりなのに、太田さんの口調、音声で脳内には再生されるのが不思議な気分になる。
それにしてもこうして文章で読むことで改めて感心するのが、太田さんの人や物事に対する実に真摯な眼差しだ。日々起こる事件の加害者、被害者、たびたびニュースに取りざたされる政治家や、後半からはほぼその話題になるコロナウイルスに対しても、「わからない」ということを常に意識しつつ、それでも理解に努めようとするところ。特にコロナについては、いま現在進行中のことであるだけに、そのわからなさにやきもきしながらも、どうにか「正しく恐れる」を実践しようと奮闘している様がうかがえる。コロナの脅威も、それに対する人々の恐怖の認識も、それが自分と他人と、ここにいる人と向こうにいる人とではどれだけ異なるかも、何も「わからない」、そうしたなかで生きていかねばならないということを丹念に語っている。決して相手を一方的にこうだと決めつけないのだ。まあ、そうでないときもあるが(お笑い風の役者に対しての態度とか)。
一方で、自身の職業である芸人のこと、生業である笑いのことに対しては確固たる信念と覚悟を決め込んでいる。特に笑いといじめに関して、そこに違いは「ない」と何度もはっきり言ってしまえるのは、感心を越えた迫力を感じる。ただそう考えて言えるのではない、他でもない己の生業とする仕事に対して、そう言えてしまえることに凄みを覚える。そう言うことで批判されても叩かれても拡大解釈されて世間から遠ざけられることになろうとも、それを呑み込んでみせるという凄みだ。その問題について僕も、簡単に是も非もすべきではないと思える。自分なりの答えを出さなくちゃいけない。
かようにして、文章ではたいへん胸を打たれ、もっとこの人の言動を見ていきたいと思うのであるが、では実際その言動がテレビやラジオでどうであるかというと、懐にエアガンを忍ばせて出会う人出会う人に銃口を向けたりしてるので、ある意味安心である。バランスが取れて。
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