5階

新宿方丈記・22「一瞬の街」

もう記憶にないくらい前のことだけれど、移動中の新幹線の窓から見た、忘れられない光景がある。季節は初夏に向かう頃で、車内はうっすらと冷房が効いていた。通り過ぎていたのは愛知から神奈川の間くらいだったと思う。窓の外はどこかの街だった。ずっと向こうの地平線まで街が続いている。おそらくその先は海ではなかったか。高い建物は一つもなく、ほとんどが住宅や2、3階建ての商業ビルで、やはり地平線に向かって道路が何本も走っていた。学校とグラウンドも見えた。ガソリンスタンドもあったかな。そして街の真ん中を横切るように、赤とグレーのペンキで塗られた、背の高い鉄塔が聳え立っている。鉄塔は圧倒的な高さで街の景色から抜きん出ていた。等間隔で、だんだん小さくなりながら地平線に向かって続いている。空は曇り空で、今にも降り出しそうな分厚い雲が低く垂れ込め、靄のように街が煙っている。鉄塔の先は雲の中に隠れてしまい、もはや見えなかった。空も街も何もかもがグレーの景色の中で、今でも鉄塔の赤だけが妙に鮮やかに目に焼き付いている。おそらくよくある光景なのだとは思う。高圧線の鉄塔が街を横切る風景なんて、それこそ新幹線の車窓からしょっちゅう見かけている。しかしあの一瞬(本当にあっという間に通り過ぎた一瞬)の街は、まるでセットで作ったように、何かの目的があってデザインしたかのように、完璧に美しかった。次の瞬間に画面は教室に切り替わり、授業に退屈した高校生が曇り空を見上げているカット。午後の一限目の古文の授業。ああ退屈…。みたいに!これから物語が幕を開け、展開していくための舞台装置のごとく。各駅停車だったなら、次の駅で降りて引き返していたに違いない。いろんな偶然が重なった、魔法だったのだろうか。別の日に通りかかったならば、何の変哲も無いただの街だったのかもしれない。あの低い低い雲と、鉄塔の赤が見せてくれた蜃気楼みたいなものか。諦めきれなくて、それから何度も新幹線に乗るたびに記憶の中の街を探してみるけれど、未だに見つけられないままだ。

いつかあの景色を、絵に描いたり、文章にしたりしたくて、書きなぐった下書きがいくつも残されている。残念ながら、あの街をうまく表現する方法が見つからない。瞼の裏の残像を、そのまま焼きつけられたらいいのに。一瞬の街はおそらく一生、私の心に引っかかって絡まり、解けることはないだろう。





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