新宿方丈記・25「キアロスクーロ」
真夜中である。世界が寝静まり、世の中の音数が少なくなり、明かりの灯る窓が一つ二つになって、朝を待つだけの時間。早く眠りにつかなければと思う反面、この時間を手に入れたことを嬉しく思う。テレビもラジオもオフにして、静かなジャズピアノのレコードくらいがちょうどいい。さすがに暑さも少しはおさまって、少しだけ一息つける時間帯である。読みかけの本や借りたまま手つかずの本がソファの半分以上を占拠して積み上がり、忙しくても洗濯だけはマメにしないと気が済まない結果、アイロンかけの順番を待つシャツやハンカチたちもこれまた積み上がり、あれやこれやでTODOリストはびっしり真っ黒である。テーブルの上には、先月末から運転免許更新のお知らせが投げ出されている。最近は前後1ヶ月ずつ猶予がついたとはいえ、真夏管轄の獅子座生まれにとって、免許更新は猛暑と大汗との戦い以外の何物でもない。止まらない汗を無理やり抑えて写真に写り、なんともいえない表情の、しかもデジタルで無駄にリアルに写し取られた写真が貼られた免許証を受け取り、ああまた5年もこの顔と付き合うのかとガッカリするだけだ。しかも、猶予期間に汗をかかずに済むような日は、おそらく1日もないであろう。もう、いつ行こうが半ばどうだっていいのである。
大昔に見た「グッドモーニング・バビロン」という映画の中に「映画は光です」という科白があって、当時映画を学んでいた私は素直に感動したものである。映画でも写真でも、フィルムは光がないと成立しない。そこが良かった。今はデジタルでどうにでもなる時代。何もかもクリアになり過ぎてつまらなくなった。光と陰。陰と陽。本当は、影がないと何も見えないのに。真夏の強い陽射しも、くっきりと濃い影が際立たせてるのになあ。私自身は白黒はっきりしていないと気持ち悪い、という性格だけれど、それは味気ないデジタル的なクリアではなく、陰影なのかもしれない。
そんなわけで、真夜中である。今日もそれなりに、昨日よりはなんらかが前に進んではいる。しかしもう、絶対的に進む速度が遅すぎる。1日が24時間じゃとても足りない。真夜中がもう少しだけ長ければいいのに。私にとっては、何をするにも最適な時間なのになあ。お気に入りの、BlueNoteのジャズピアノをBGMに、とりあえずアイロンでもかけようか。
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