胡粉

新宿方丈記・23「琢磨」

月末のせいもあって先週からずっと忙しく、今日は何時に帰れるかしらの連続だったので、人形が全く進まなくなってしまった。胡粉を薄く何度も何度も塗り重ねて、磨いて仕上げて行くのだけれど、塗っている途中で中断したまま1週間寝かす羽目に。この塗って磨くという過程、ここまで来たらもう何も考えずに黙々と進められるから大好きな作業であるのに、手をつけられず悔しいことしきりである。仕事の方も、適当にとは言わないが、もう少し要領で済ます手はいくらでもあるのに、退社してからも頭の中で仕事している。クライアントにOKをもらえるように書いて、労力を最小限に抑えるやり方をすれば楽なのはよくわかっているが、そんな風にお茶を濁して済ませることができない自分がいる。モノ書きのちっぽけなプライドで、妥協できるクオリティのラインを下回ることが許せない。楽することなんていくらでもできるのに、自分で自分の首を絞めている悲しさよ。でもこれ、仕事で物を書いている人なら、少なからず抱えている悩みなのではないだろうか。何よりプライドも持たずに仕事しているのは、クライアントに対しても失礼な話であるから。モノ書きに限らずね。

それにしても今週は雨女ぶりを発揮して、取材に行く日に限って靴の中に水が溜まるような大雨が降った。会社に戻って濡れた靴に新聞紙をギュウギュウ詰め込み、サンダルばきの足をぶらぶらさせながら原稿を書いていると、まあこんな毎日も悪くないかも、と思う。好きなことを仕事にできているのだから、文句なんか言わない。大変だろうと楽しいのだ。あっという間に夕方になり、気がつくと雨は上がっている。どうして表に出る時間ばかり雨が降るのか。勘弁してほしいよ。まだまだ梅雨は続くというのに。

今日はやっと人形の磨きを始めた。湿気が多い日は磨きやすい。通り過ぎる車の音もなく、静かな夜である。

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