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絶体絶命の夜桜。

社会人になって最初に会社は、4月に桜が咲く地域にあった。


わたしが所属する顧客センターはもちろん本社にもあって、すでに実務にあたっていたことから、新入社員研修の合間に業務のことで教えていただいたりもしていた。
顧客センターでは、毎年春には夜桜の下で花見を楽しんでいるそうで、研修で滞在している間に開催するからとわたしも誘っていただいた。
 
夜桜は見たことがないし、いわゆるお花見も家族以外としたことがない。
いいな、お花見。
そうは思ったけれど、お名前やお顔を一通り知っているとはいえ、正真正銘のアウェイ。
地方の営業所に配属されている新入社員として乗り込むにはすこぶるハードルが高い。
憧れのお花見(しかも夜桜!)だけれど、お誘いいただき思わず身構える。
どうしよう、どうしよう…と頭の中で断る理由を超高速で考えてみるけれど、知り合いなどいない土地に研修のために滞在しているわたしに、断る理由などないのである。
 
「わたしもおじゃましていいんですか?うれしいです!ありがとうございます!」
 
これ以外の正解があったのなら、教えてほしい。
 
いよいよ迎えた花見の日。
終業後に一度ホテルへ戻って休んでから、約束の時間を目掛けて指示された場所へ向かう。重たい気持ちを引きずりながらも、灯篭に照らされた桜咲く夜道は美しくて、「これが夜桜かぁ」としみじみ楽しんだりもした。
 
指示された場所に着くと、先輩方はまだ2人ほどしかいなかったけれど、揃って驚いた様子だった。
「大丈夫!?寒いよ!?」
そう言われても、洋服はこれしか持ってきていない。
「大丈夫です!」
と答えるも、一気に不安が押し寄せる。
次々と集まる先輩方も、もれなく寒さの心配。
実際、全員が揃った頃には、わたしはただただ凍えることしかできない状態だった。
 
この日わたしが着ていたのは、リクルートスーツ。
しかもスカートタイプである。
かろうじてトレンチコートは羽織っていたかもしれないが、スーツにストッキングにパンプスである。
さらに悪いことに、その日は前日まで雨が降っており、日中の気温もそこまで高くなかったものだから、当然日が落ちた後はもっと寒い。
ついでに、会場である城下の公園はところどころぬかるんでいて、パンプスでは非常に歩きにくい。
 
研修に行くことが決まったとき、土地勘のないわたしは服装に悩んだ。
本社勤務経験のある所長さんの「あったかいからスーツで過ごせるよ」という言葉と、日中の平均気温を参考に、スーツのみで乗り込んだのだ。
研修だけだし、大丈夫だろうと…
 
もちろん、全然大丈夫ではない。
どなたかが用意してくれていたいくつかの電気ヒーターを一つ至近距離に置いてもらい、先輩に毛布をお借りし、ガタガタ震えながら参加した。
アウェイ×新入社員ゆえに入りきれない会話、減らない(減らせない)手元の飲み物、とてつもない寒さ…何度も「限界だ…」と感じたものの、帰りたいどころかお手洗いへ行きたいと言い出すこともできず、死ぬ思いで数時間を過ごした。
 
ようやく解散となり、ブルブル震えながらホテルへ急ぐ。
屋内へ入った時のあたたかさと、フロントの方の「おかえりなさいませ」という声掛けにちょっぴり泣きそうになった。
部屋へ戻ると急いでお手洗いに行き、パンプスとジャケットを脱ぐ。
ベッドに倒れ込むと心底ほっとして思わず呟いた。
「おわった~~~~…」
 
今思えば、なぜ土地勘のない場所での1週間もの研修なのに、1セットも私服を持参しなかったのかと呆れてしまうが、寒さも含めていい勉強になった。
そう、寒さも含めて。
本州だって、春の夜は寒い。
あれから10年以上たった今も、あれより寒い春をわたしは知らない。
 
 …
 
余談。
実はスーツの他に、ジャージ上下とTシャツ、スニーカーは持参していた。
というのも、新入社員歓迎バレーボール大会(なぜ!?と思うが毎年の恒例行事らしい)があるからと、動きやすい服装と上靴は用意するようにとのお達しがあったのだ。
メンドクサイ…と思ったけれど、これが意外と楽しくて、大白熱!
我々同期で1チーム、先輩方は「研究開発」、「工場」、「営業」などと部署ごとにチームになっていて自分の配属先や上司のチームと当たると少々気まずい。
気まずいと言いつつ忖度しなかったので、結局2位になれたのもいい思い出。 

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