ランドセルと引きかえに。
わたしは小学生の頃、学校にランドセルを忘れて帰ったことがある。
忘れたことに気が付いたのは家に着いてから。
母が学校に電話をしてくれ、またとぼとぼと取りに戻った。
途中でクラスメイトの男の子何人かとすれ違い
「ランドセル忘れてたぞー!」
とケラケラからかわれたのが恥ずかしいやら悲しいやら、泣きながら取りに戻った。
何故、ランドセルなどという大きなものを忘れてしまったのかと言うと、この日わたしは、長らく楽しみにしていたあるものを手にしたからである。
リコーダー
小学3年生の夏前だろうか。
ずっと楽しみに待っていたリコーダーと、習字セットが渡された日だった。
小学2年生の冬からブラスバンドを始めたわたしは、吹いて音の出る楽器の楽しさにとりつかれていた。
当然、上級生の持っているリコーダーにも大変に憧れていて、自分も手にする日を心待ちにしていたのだ。
ただでさえ、いつもと違うものが配られるとわくわくするものなのに、その日は2つもある。
リコーダーと習字セット。
うれしくてうれしくて、仕方ない。
特にリコーダーは、早く家で吹いてみたくてそわそわした。
家に帰ってお母さんに見せて、それから吹いてみよう。
わたしの中は帰宅後の予定でいっぱいである。
帰りの会が終わると、一目散に帰宅した。
リコーダーは、ソプラノとアルトの2本がセットになっているもので、そのケースはそこそこ大きいが、重さはさほどない。
一方の習字セットは、硯や墨汁、文鎮などがまとめて入っているため、手提げかばんのサイズであっても重たい。
小学3年生が、それらを両方持って帰るのは、なかなか重労働だと言える。(チューバ担当だったわたしがいうと説得力がないが…)
片道10分ほどの道のりだが、その日は天気が良く、気温も高かった。
重たさに汗をかいたが、それでもうれしさの方が勝っていた。
ようやく家について、母にリコーダーと習字セットをもらったことを興奮気味に報告する。
母は良かったねと一緒に喜んでくれたあと、
「そういえば、ランドセルは?」
と一言。
あっ…と気が付き、さーっと青ざめるような気分が体中に広がる。
うれしかった気持ちがしゅーんと一気にしぼんで、瞬く間に悲しい気持ちが膨らんだ。
わたしの記憶はここまでで、学校で先生にあったかどうかだとか、帰ってきてリコーダーを触ったかどうかだとか、一切覚えていない。
今でも思い出すのは、うれしい、悲しい、恥ずかしい…短い時間のうちにいろいろな感情が駆け抜けていって、ジェットコースターみたいなひとときだったということ。
今思い返してみると、どきどき、わくわく、しくしく、こそこそ…オノマトペ大集合みたいな時間でもあったなぁとおもしろくもある。
そんなことがあったけれど、わたしはその後リコーダーが大好きで、謎のプライドとともにクラスで一番の成績をキープし続けた。
ランドセルを忘れたことを二度とバカにされないくらいには、リコーダーが上手だったことを、書き添えておく。
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