【短編連載】相場一喜一憂物語③
■あらすじ
これは投資初心者の二人組が『生き馬の目を抜く』投資の世界に身を投じて悪戦苦闘する、笑いあり涙あり(?)の短編物語です。
■本文
前回のロスカットの悲劇から一週間後。佐助は隊長を慰めようと、好物の饅頭を片手にアパートに向かっていた。
「隊長! 生きているでありマスか!? 世を儚んで身投げしてはダメでありマス・・・ あれ?」
佐助が声を掛けつつ部屋の中に入ると、隊長はパソコンとにらめっこをしている最中だった。
「現実逃避でエッチな動画でも見ているのでありマスか? それなら丁度いいのでありマスよ。今日は隊長の好きな『おっぱい饅頭』を買ってきたので、これを触りながらでも・・・」
佐助が掲げた袋の中をごそごそとまさぐっていると、隊長が振り向いた。
「誰がエッチな動画見てるだって~~? アホか! 株取引の口座申し込みをしてたんだよ!」
そう言いながらも隊長は素早く『おっぱい饅頭』を取り上げ、甘噛みしながら食べ始める。
「え、株でありマスか? この前のロスカ事件でもう投資は懲りたのかと思っていたのでありマス」
「馬鹿野郎。失敗は成功の元、人生七転び八起と言うだろう。最後に立っていれば勝ちなんだよ!」
「さ、さすがでありマスね、隊長! 二度あることは三度ある、ということはちっとも考えないのでありマスね!」
佐助の嫌味を軽く流し、隊長は語り始めた。
「人は失敗から学ぶのだよ、佐助くん。・・・俺はなぜ失敗したのか、なぜなぜを十回くらい繰り返したのだ」
「十回も!? それはインド人もびっくりの回数でありマスね。でも、どうせ欲で目がくらんだせい、とかではありマせんか?」
「それもある。が、それ以上に投資初心者に暗号資産はハードルが高すぎたのだ、と考えた。だから、今度は株にシフトすることにしたのだ」
「株だと何か違うのでありマスか? 自分には、どちらも同じように見えるのでありマスが・・・」
ここで佐助もおっぱい饅頭を手に取り、勢いよく噛り付いた。
「違いはある! 値動きは制限があるため比較的緩やか、取引は平日の昼間のみ、配当金というインカムゲインがある、更にNISAという『少額投資非課税制度』が適用される。どうだ? ざっと述べただけでも、結構違いがあるだろう?」
「本当でありマスね! あと、NISAって少額投資非課税制度のことだったのでありマスね。自分はてっきり、NASAの子会社か下請けかと思っていたのでありマス」
「お前の食いつきポイントは、そこなのか?」
佐助のとんちんかんな返答に、隊長は呆れた表情を浮かべた。
「とにかくだ。そういう訳で良さそうな銘柄を探し、ちょうどさっき見つけたところだったんだ」
そう言って隊長が指さした画面には『馬久揚工業』という会社名が書かれていた。
「・・・すごい、会社名でありマスね。ちなみに、ここを選んだのには何か理由があるのでありマスか?」
「理由? そんなの勘だよ、勘」
予想だにしなかった答えだったのか、佐助は持っていた饅頭をポロっと落とす。
「勘とはまた、(ポンコツ)理論派の隊長らしからぬ発言でありマスね」
「ふっ、佐助よ。今は『土の時代』から『風の時代』に移り変わったのだ。風の時代は感性を大事にするのだ。俺は己の心の声に従ったのだ!」
隊長は誇らしげな口調で言い切り、さらには天を仰ぐようなポーズを取った。
「か・・・ 格好いいのでありマス、隊長! ついに、あっちの世界に目覚めたのでありマスね! 自分も隊長の覚醒に一枚乗るのでありマス!」
佐助は何故か大いに感動し、すぐさま隊長に倣って株取引を始めるのであった。
二人が買った銘柄『馬久揚工業』はその日を境にグングンと上がり始め、二人とも上機嫌になる。
「いや~~~、さすがでありマスね、隊長! 日に日に上がってまさしく『昇龍拳』でありマスよ! それに、取引時間が制限されているってのもいいでありマスね~。 最近はよく眠れるようになったのでありマスよ」
「だろう? 暗号資産は24時間365日の殴り合いだったからなあ・・・ 正直、胃に穴が開くかと思ったからなあ・・・」
「全くでありマス。今の時代は『働き方改革』が世の主流でありマスから、お金の働かせ方も改革が必要なのでありマス」
そうして比較的穏やかな時間が流れていたのだが、やはり事件は起こる訳で・・・
「た、隊長! とんでもない事件が発生したのでありマス!」
隊長がテレビを眺めているところへ、佐助が血相を変えて飛び込んできた。
「どうした佐助? そんなに慌てて。犬のう●こでも踏んだのか?」
「なに馬鹿なことを言ってるのでありマスか! あの『馬久揚工業』が、とんでもないことになっているのでありマスよ~~!」
そうがなり立て、佐助はスマホの画面を隊長の眼前に突きつける。
「ん? ・・・な! なんじゃこりゃぁあああ!!」
隊長は画面を見て驚愕した。なんと、『馬久揚工業』の株価が開始早々大幅に落ち込み、『ストップ安』になっていたのだ。
「チャットを見たら、どうやら馬久揚工業の工場が大爆発を起こしたらしく、『爆上げからの~、大爆発! た~まや~ か~ぎや~』ってチャットでは大喜利状態になっているのでありマスよ~~~!」
「お、おおおお落ち着け、佐助! まだプラスだから、また前みたいにすぐ上がるかもよ!」
「そ、そうでありマスね! 明日になれば、きっと全戻しからのグイ~ンでありマスね!」
ところがそうはならなかった。次の日も、そのまた次の日も開始早々のストップ安となった。この段に至って、二人は事の重大さを理解。なんとか売ろうとするがストップになっている為、操作が出来なかった。
「うおおおおお~~! ダメだ! 取引が出来ねえ~~~!!」
「こうなれば、高橋名人ばりの16連射でありマス! ・・・ダメです! 全く、効かないでありマス~!」
混乱しているのか、二人は何度も何度もボタンを押しては、取引を行おうとする。
「きっと、裏コマンドがあるんだ! 上上下下左右左右BAからの・・・ ダメだ~~!(泣)」
「高橋名人がダメなら、毛利名人ばりのテクニックで! で、ありマス!」
試行錯誤を重ねるが、ついに取引を行うことは出来なかった。
これは俗に言う『寄り付かず』が発生したのであった。こうなるとロクな知識が無い二人はただただ狼狽し、奇声を発するだけであった。
※『寄り付かず』:急激に値下がりして取引開始と同時にストップ安となり、その日の取引が出来なくなること。
「「あひぃ~~~、うひぃ~~~~!!」」
結局、四日連続で寄り付かずが発生し、彼らの取引が成立したのは五日後であった。当然、株価は買値より大きく値下がりしてしまい、二人は大損をしたのであった。
「まさか、こんなことが、あるなんて・・・」
「取引出来ないなんて、ひどいのでありマス・・・」
二人は自分たちの身に起こった悲劇を慰めようと、肩を寄せ合っておっぱい饅頭を泣きながら食べるのであった。
つづく