【小説】二人、江戸を翔ける! 7話目:荒覇馬儀⑥
■あらすじ
ある朝出会ったのをきっかけに、茶髪の少女・凛を助けることになった隻眼の浪人・藤兵衛。そして、どういう流れか凛は藤兵衛の助手かつ上役になってしまう。今回は、ある謎の組織が絡むお話です。
■この話の主要人物
ひさ子:藤兵衛とは古い知り合いのミステリアスな美女。
主水:北町奉行所の与力。お梅婆さんの知り合い。
■本文
部屋に残った四人は作戦を練り始める。主水が口火を切った。
「やはり、ここは正面突破というのはどうでしょう? なんといっても、本来は我々奉行所が対応する案件です。人数もそこそこ集められると思いますし、向こうより劣勢になることはないと考えますが」
これは正当な意見だった。しかし、ひさ子が異を唱えた。
「それは止めた方がいいですわ。これは話していませんでしたが、あの連中は強力な武器を揃えています。銃器に槍、刀、・・・おまけに大砲までも」
「「「な・・・ 大砲!?」」」
これには主水だけでなく、藤兵衛や凛も驚きの声を上げた。
「ええ、そうです。大人数で正面から押し寄せれば、一網打尽にされる危険性があります。やはり、ここは搦め手でいくのがよろしいかと」
ひさ子は一度間を置き、藤兵衛をちらりと見た。
「私とそこにいる藤兵衛、凛が裏手から忍び込み、まず阿片の証拠を押さえます。その後に武器・・・ 特に重火器の方を使えなくした後に合図を出します。その合図を見たら主水様が手勢を率いて正面から突入し、犯人を捕縛する流れがよろしいかと考えますわ」
「し・・・しかし、それではあなた方を危険に晒すことになってしまいます」
「それは大丈夫ですわ。だって、そのための『強力な助っ人』なのですから」
主水の心配をからかうように、ひさ子は微笑を浮かべた。
結局、ひさ子の案が採用され、それを軸に詳細が練り上げられていく。お互い細々な点を確認し、決行は満月の夜と決まった。
凛は満月の理由を聞かれるのではとやきもきしたが、主水は特に疑念を持つ風ではなかった。こうして次の満月である五日後に作戦実行とし、それまでに各々準備を進めると決まったところで解散となった。
別れ際、藤兵衛はひさ子を捕まえ声をかけた。
「よく大砲を持ち込んだことまで調べたな。無茶しすぎじゃないか?」
「あら、心配してくれてるの?」
「そりゃあね。・・・しかし、そいつらそんなにヤバイ奴らなのか?」
「まあ、ヤバいというか、出来ればお近づきになりたくない連中ね。あの『儀式』ってやつを見ちゃうとね・・・」
ひさ子は屋敷で見た出来事をつぶさに伝えた。例の三人衆と太右衛門が離れの屋敷で行った儀式を覗いたのだが、そこでは『秘薬』と称した香りを焚き、ぶつぶつと意味のわからぬ言葉を唱えていたのだ。
しかも、四人はよだれを垂らし、目もあらぬ方向を向いてゆらゆらと揺れ、完全に別の世界に飛んでいた。
「藤は私が薬に詳しいことを知ってるでしょ? ちょっと嗅いだけど、すぐ止めたわ。・・・あれは、阿片なんか可愛く思えるぐらいのとんでもない代物よ」
「まじかい・・・」
更に『儀式』と銘打った狂乱の宴は信者の間で定期的に開かれており、その異様な光景は吐き気を催すほどであったと付け加えた。
「・・・狂ってるな、その『荒覇馬儀』ってのは。そういう奴らなら、お互い気を引き締めてかかった方がいいな」
「そうね」
二人はお互いに目で確認し合った。
「じゃあね、藤。それじゃ、五日後に現地で会いましょ」
「おう」
挨拶を交わし、藤兵衛が背を向けたところでひさ子が呼び止める。
「藤」
「ん? まだ、なんか用があるのか?」
見ると、ひさ子は心配そうな表情を浮かべていた。
「・・・今度は、気を付けてね」
「?? 今度は?」
何のことだ、という顔をしていると、
「ううん、なんでもないわ」
そう語り、ひさ子は背を向けて去っていった。
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あっという間に時は流れ、五日後の満月の夜となる。
「さて、と。準備はいいかしら? お二人さ・・・」
ひさ子は言いかけた言葉を止め、藤兵衛をちらと見た。というのも、頭巾を被った忍び装束姿の少女が藤兵衛の隣に立っているのだ。そして、頭巾からは跳ねっ毛が飛び出ていた。
「体も心も、準備はバッチのグーよ!」
おまけに何故か誇らしげな態度で、意味不明なことを言っている。
「おい、凛・・・ 何故にお前はいつもそういう格好をするんだ?」
「闇に潜み、法で裁かれぬ悪党どもを懲らしめる・・・ それを行うには、こういう形から入ることもありではないかと思うのよ。・・・あっ、よかったら藤兵衛さんも着る?」
そうしてどこからか、大きめの忍び装束を取り出した。
「いらんわ。前も言ったろう? 視界が狭くなるから、頭巾は没収な」
頭巾を取り上げられた凛がぶつくさ文句を言ったが、ひさ子が場の空気を締めるように声を上げた。
「・・・まあ、緊張していないっていうのは、さすがと褒めておくわ。じゃあ、行くわよ」
合図をし、ひさ子が先行して駆けだす。
屋敷の外は警備が厳重であったが、ひさ子たちは警備の目をくぐり抜けるように林に面した屋敷の裏手に進む。そして、ある地点で止まると枯葉の下から縄梯子を取り出した。
相変わらずの用意周到さに凛は舌を巻き、三人は縄梯子を使って屋敷内へ難なく潜入した。
「ここっていつもそうだけど、屋敷の中は警備が甘いのよね」
「油断なのか、それとも外の見張りは中から逃げ出せないようにするため、なのかもな」
「そうかもね。さ、まずは阿片の証拠を押さえるわよ。主水さんが心配しているかもしれないから、ちゃちゃっと片付けるわよ」
そうして三名はひさ子誘導のもと、屋敷内を駆け巡る。
一方、主水は二~三十名程の手勢を引き連れ、屋敷から少し離れた藪に潜んで合図を待っていた。
「(与力殿! すでに用意は整いましたが、いつ踏み込むのですか?)」
「(まあ、待ちなさい。先行で忍び込んだ仲間が花火で合図を送る手筈になっています。踏み込むのはその後です)」
「(花火ですね。承知しました)」
部下は主水の言葉に素直に従い、自分の持ち場に戻る。
主水は危険な役目を外部の人間に任せたことに一抹の不安を感じていたが、あのお梅婆さんが『強力な』と語ったのだから間違いないだろうと自分に言い聞かせていた。
(しかし、やはり不安です・・・ あの美しい女性に何かあったりでもしたら・・・)
満月を眺め、主水は三名、というよりひさ子の無事を祈った。
その頃の藤兵衛たちは、阿片取引の証拠は既に入手していた。ひさ子の丁寧な前調べのお陰もあってかあっさりと終わり、今は重火器の対処に移っている。
「結構、あっさりだったね」
「それは、ひさ子の前調べのおかげだな」
「あら、褒めてくれるの? ありがと、藤。・・・でも、お礼は言葉より、体の方がいいな♡」
「ちょ、ちょっと! 離れなさいよ!」
ひさ子が藤兵衛の腕を取ったので、凛が慌てて引き離す。
「・・・お前ら、余裕あるな。油断は禁物だぞ」
「ふふ、冗談よ、冗談。わかってるって」
(何で私が注意されなきゃいけないのよ!)
凛は理不尽な指摘にムカムカしたが、怒りを押し殺して二人の後を追う。
そうこうするうちに、大砲が保管された蔵へとたどり着いた。
「ここか。錠前が付いているけど、・・・壊すか?」
「それだと音が大きいでしょ。ここは、私に任せて」
妖艶な笑みを浮かべると、ひさ子は懐から細い棒を二本取り出した。
つづく
↓この話の第一話です。