映画『朝が来る』
子どもをほしいと願っているのにもかかわらず
無精子症と診断されて子どもを持つことができないと思っていた夫婦
というより夫。
養子を迎えるという選択をする。
もっと話し合うことが重要なのではないか。
子どもを持つことが家族であることではない。
子どもを持って一人前という風習があるからではないだろうか。
その圧力を感じているのは夫なのではないか。
その圧力は少なくなってきてはいるけれども
夫自身の中に自分を責める自分がいるのではないか。
一方
中学生でまだ生理もきていないのに
妊娠してしまい隠れるように子どもを産むことになった子ども。
親は世間体を気にする。
子どもを第一に考えることはない。
そうするうちに
その子どもは親から離れていき
精神的にも経済的も困っていく。
根本的に
性の知識がなさすぎることが問題。
性行為には妊娠する可能性があること
その際に避妊することができること
また
緊急避妊薬という選択もあるということ。
そもそも
お互いに好意があり
相手のことを大事に思っているのであれば
中学生でそうすることは避けるべきだという認識が必要。
そのためにも
家庭や学校で正しい知識を教えていくことが重要。
その後困り果てるのは
女の子だけという
理不尽。
この映画では
人に頼ることも必要な時があるというようなことを
言っているのだろうか。
いやいや
根本的に問題とならないような知識が重要だと思う。
また
子どもを持つことを目的としない家族であってもいいという認識も重要だと思う。
朝が来るとは
最後に女の子に理解者ができるということなのか。
離れていた自分の子どもから
「会いたかった」と言われることで救われたのか。
自分の家族にも頼っていい。
頼るべきだ。
それが家族だから。
だから家族は
普段からたくさん話し
お互いを理解しようとする姿勢を示していくことが必要。
日本では
子どもを守り女性を守る仕組みが遅れている。
少子化対策に本気で取り組むことが重要だと思う。
本気が必要なのだ。
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