くだらない会話の続きみたいに
「俺にしとけば」
その言葉に飛び込めたらきっと幸せだった。
大学生の頃、バイト先で知り合った先輩。
最初はとっつきにくい人だと思ってたけど、実は人見知りなだけで、よく冗談を言う、おもしろい人だった。気が合ったし、一緒にいると楽しかった。そのうち、向こうからの好意を感じるようになった。
だけど、その頃わたしには好きな人がいて、先輩を恋愛対象として見ることはなかった。
*
しばらくして、好きな人とうまくいかなくなって、その人を忘れなければと、思うようになった頃。合コンで出会ったよく知らない人に告白された。
*
「この前告白されたんです。その人と付き合おうと思ってます」
先輩にそう言った。遠ざけたかったから。
「俺にしとけば」
あまりにも自然に、いつものくだらない会話の続きみたいに先輩が言った。
*
先輩のことを、好きになるかもしれないと感じる気持ちもたしかにあった。付き合ってみてもいいかもなんて、ずるいことも考えた。
だけど、やっぱり、先輩の気持ちに応えることはできなかった。だって付き合ったあとにどうしようもなく後悔するから。好きじゃない罪悪感を抱えながら同じ時間を過ごすなんて、隣で一緒に笑うなんて、苦しすぎる。
好きな人を忘れて先輩のことを好きになる日はいつかくるのかもしれない。だけど、それにはきっと時間がかかりすぎる。その時間を待ってなんて、わたしには言えなかった。
だから、いつものくだらない会話と同じようにわたしは笑った。先輩の気持ちをなかったことにして。
*
あの日から6年が経った。
先輩、どうか笑っていてください。
できることなら、同じ大きさの気持ちで想い合える、誰かの隣で。
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