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推しを忘れる方法を考えました

1 はじめに
 戦力外・引退・FA移籍など野球選手に関して推しの選手(※以下 推しと表記)との別れは突然訪れます。FA移籍に関しては,選手が現役を続ける限り別れではない,との考え方もありますが,自分が応援しているチームに所属しなくなるということはファンであるわたしにとって激しく感情が動く出来事です。野球選手に限らず,アイドルの脱退や卒業など,推しとの別れはわたしのようなオタクにとっては衝撃的なものです。今回は,さまざまなオタクを経験したわたしがその衝撃的な出来事をどう乗り越え推しを忘れたのか,“推しを忘れる方法”について書きたいと思います。

2 考えないこと
 結論から言うと,推しを忘れるには“考えないこと”です。推しを全ての意識から消し去り,生きていく上で一瞬たりとも考えないことです。あんなことがあったな,こんなこともあったなとすてきな日々を思い出すのはつらく,その上現在楽しそうに生きている推しを見るとつらい気持ち以上の感情が起こり,より推しへの気持ちが高まり忘れられなくなります。
 一切考えないためには何をしたらいいのか。ここでは“推しがFA権を行使し同一リーグ他球団に移籍してしまったら”という例を用いて話を進めていきます。※あくまで例を用いた話です。実際の人物•球団とは一切関係ありません。

(1) 見ない
 まず,試合を観ないことです。推しが移籍した先のチームとの対戦試合は一切観ません。推しが移籍した先との対戦試合を観ないとなると,そのチームの現状について一切把握できないことになります。さらには自分が応援しているチームが今どんな戦い方をしたかについても知り得ないこととなり,野球ファン失格と言われてしまうような行いです。しかし,忘れるにはまず目に入れないことが第一歩なので観ません。シーズン前半が終わると推しが移籍した傷が少しずつ癒えてきますが,そんな中注意したいのはオールスターゲームです。移籍した推しが選出され,オールスターで観ることになるかもしれません。自分が応援しているチームの選手も選出され,移籍した推しと仲良くオールスターで話している姿などは心の傷口を再度開くようなことになるでしょう。

(2)  情報を入れない
 次に心がけたいのは得る情報をしっかり選ぶことです。まず,Twitterやインスタグラムでは移籍した推しの情報が入ってこないようにします。移籍した推しの情報を発信する可能性のあるアカウントは全てフォローを外してリストに入れます。SNSは個々のアカウントをフォローしていると自動的(能動的)にかつ簡単に情報を得られるのが良さですが,自分の心の準備ができていないときに,得てしまう移籍した推しの情報ほど心の傷をえぐるものはありません。移籍した推しが“今のチームは素晴らしい。移籍してよかった”と話をしていました,という情報が入ってきたときには心から全身までズタズタになり傷が癒える日が遠のくことでしょう。様々な情報をノーガードで受け止めることを避けたいのです。情報が飛び込んでくるのと,情報を自ら得るのでは大きく違います。そのためのリスト作成です。場合によっては,多くのワードをミュートにし,他者のRTに備えます(RTするフォロワーは全く悪くありません)。このように,事前に地雷を踏まないように安全地帯な自治区を作っていきます。

(3) 自分の心を大切にする
 推しがFA権を行使し移籍するまでにさまざまな感情を持ちます。他球団の評価を聞くだけなのではないか,聞いたあとに残留してくれるのではないか…しかし結果は移籍だったときとてつもない衝撃が自分を襲います。自分の応援するチームにずっと推しがいてくれたらと思うことは悪いことではないと思っています。FAは選手の権利ですから,それを行使することも移籍することも間違ってはいません。しかし,それを自分がどう感じるかは別です。推しのFA移籍に対し,悲しいつらいと思うことは自由です。様々な感情を持つことは間違ってはいませんが,その感情の表現方法や伝え方によっては,周りの他者が不快と捉え,間違っていると指摘してきたり場合によっては攻撃してきたりするかもしれません。Twitterで選手が移籍してしまいつらい気持ちを荒々しく吐き捨てていたら,どこかの誰かが“FAは選手の権利ですからあなたの考えは間違っていますよ”とリプライを飛ばしてくるかもしれません。
 わたしの場合,推しのFA移籍で傷ついているときにさらに他者から攻撃されたらつらいので,感情の表現方法に関しては,こっそりと・しめやかにを心がけています。具体的にはSNSを鍵アカウントにして悲しみをつぶやき,また,悲しみをつぶやくときはあくまで自分がどう思うか“I Message”でつぶやくことを心がけています。非公開にしたとはいえ,わたしのSNSアカウントをフォローしている人間からすれば、延々と鬱々としたつぶやきがタイムラインに流れてきたら不快でしょうし,フォローを外すこともあるでしょう。しかしそれらを言葉にすることで,同じ価値観の人に出会えることもあります。辛いことを共有できる人と出会えることは,好きなことを共有できる人と出会えることと同じくらい価値のあることだと思っています。野球ファンでない人にこのつらい気持ちを打ち明けても,事情や細かい雰囲気や流れを知らないため,説明するのが難しいことが多いです。さらには客観的な正論で指摘を受けつらい気持ちが強くなってしまうかもしれません。
 推しがFA権を行使し移籍するまでの間,多くのファンのさまざまな意見が飛び交います。FAは選手の権利だ悪ではない納得しようという意見もあります。これは正論です。しかしわたしはこの正論には納得しません。なぜならこの正論は,わたしの心を癒すことも救うこともしないからです。心が傷つきつらい状況真っ只中にいるときに正論を聞いたところでつらい気持ちが増すだけです。その意見が正しいことを私は知っています。知った上でつらいのです。私の心で渦巻くのは,FA権行使・移籍が正しいか正しくないかではなく,この心がつらい状況からどう立ち直るかです。どんなにつらい状況でも,最終的には自分でなんとかするしかありません。そのためには忘れることが必要で,忘れるためには自分の心を突き刺すようなそれらの正論は“その時は”聞かないほうがよいのです。
 また,このとき“〇〇するのが真のファン”という論争もおこります。しかし,自分の気持ちを押し殺しそこで定義されている真のファンになろうとしたところで,わたしの心の傷は癒えません。このとき,後ろ向きな感情を持っている自分がみじめで弱くてかわいそうで大嫌いになるかもしれませんが,常に前向きでいるのは無理だと諦め,最終的に前向きになれば良しとします。

(4) 時間をかける
 ここまでのことをしても,FA移籍した推しを忘れるのにわたしは3年かかりました。3年経つと,移籍先で活躍する推しを観て,おっいい選手がいるなあ!誰だろう?と思えるようになります。具体的に時系列で話しますと,推しが移籍した後のキャンプで推しがいないことを強く実感し喪失感に襲われます。推しが移籍した1年目のシーズンはとてもつらいものです。移籍前と移籍後を比べる新聞記事が出たり,移籍した推しが元ホームでヒーローインタビューを受けたり,自分の応援するチームの投手からホームランを打ったり,完封試合をしたり…多くのつらい出来事が起こります。それらを目の当たりにして受け止められないので,わたしは前述の(1)のとおりにします。2年目も慣れたように思えてとてもつらいので注意が必要です。
 忘れることに最も大切なのは長い月日です。ストーブリーグで推しがFA移籍し,その後新しいシーズンが始まったときに“もう新しいシーズンが始まったのだから切り替えよう”と言われることがありますが,時間にして数ヶ月しか経っていませんしわたしにとっては早すぎて難しいのです。
 では3年経ったとき,推しをどのように認識するようになるのか。移籍する前の推しについての記憶と移籍した後の推しについての記憶は完全に分断されます。推しが移籍する前の素敵な思い出たちのみ脳の奥底に残し,FA権を行使した瞬間から移籍するまでの記憶は抹消されている状態です。“推しが在籍していた間の素敵な思い出は脳の中の押し入れの奥底に封印する”という状態にたどり着いたら成功といえます。厳密にいうと忘れてはおらず,推しの記憶を眠らせていることになります。推しがいたあの日々はすべて良い思い出であり,絶対に思い出さないだけなのです。さらに,忘れているとは言い難いですが,この記憶が眠っている間に,推しが去った自分の好きな大好きなチームを応援し,野球の楽しさに気づき,魅力的な選手たちを応援し,楽しい思い出が増やしていくと,ひょんなきっかけから移籍した推しを思い出しても,一番つらかったあのときのように心が痛むことがなくなります。
 
3 おわりに
 大好きな推しが,元推しになるまでには時間がかかります。自分の心を第一に考えて心を癒していきましょう。わたしはオタク仲間と「もし推しがいつか自分の大好きなチームに戻ってきたらどう思うか」という話をしますが,うまく答えられたことがありません。どんなに時間をかけて忘れようとも,ふとしたきっかけで思い出し様々な感情をわたしに芽生えさせる存在である彼らは,「元」推しとはいえ,わたしを苦しめ惹きつけ続ける存在であることは,これからもずっとずっと変わらないのでしょう。


文=打子

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