刑法:R6予備論文 再現答案
第1 甲の罪責
1 甲が本件ケースを持ち去った行為について、窃盗罪(刑法235条、以下法名省略)が成立しないか。
(1) 本件ケースの所有者はAなので、甲にとって、本件ケースは「他人の財物」である。
(2)(ア) 「窃取」とは、他人が占有する財物を、相手方の意思に反して、自己または第三者の支配下に占有を移転させることをいう。「占有」とは、財物に対する事実上の支配をいい、占有の有無は、占有の事実(客観面)と占有の意思(主観面)に基づいて判断する。
(イ) 窃盗罪が成立するには、甲が本件ケースを持ち去った時点において、本件ケースをAが占有していることが必要である。この時点においてAの占有は認められるか。
ア この時点において、Aは、第1現場から道のり約100メートルの地点にいたから、占有の事実は認められない。
イ この時点において、Aは本件ケースを落としたことに気づいていなかったため、Aは本件ケースを監視していなかった。そして、Aがいた地点と第1現場の間には建物があり相互に見通すことができなかったことを踏まえると、Aが本件ケースを落としたことに気づいた場合に、本件ケースに対する監視状態をすぐに回復できる状態にもなかった。そのため、占有の意思も認められないとも思える。しかし、甲が本件ケースを持ち去ったのは、Aが落としてからわずか1分後であるから、この時点においてはまだAの本件ケースに対する占有の意思が認められると解する。
ウ よって、この時点において、Aの占有は認められる。
(ウ) 甲が、Aの黙示の意思に反して、本件ケースを持ち去った行為は、「窃取」にあたる。
(エ) 甲は、上記の事実を認識・認容した上で持ち去り行為を行なっており、故意(38条1項)が認められる。また、本件ケースを自己のものにしようと考えていて行為に及んでいるから、不法領得の意思も問題なく認められる。
(3) 以上より、甲が本件ケースを持ち去った行為に、窃盗罪が成立する。
2 甲が本件自転車を持ち去った行為について、占有離脱物横領罪(254条)が成立しないか。
(1) 本件自転車の所有者はBなので、甲にとって、本件自転車は「他人の物」である。
(2) 甲が本件自転車を持ち去った時点において、Bが本件自転車を占有していたか。
(ア) この時点において、本件自転車は、第2現場の歩道上に無施錠で置かれていた。そして、Bは、第2現場から道のり500メートル離れた書店にいたから、占有の事実は認められない。
(イ) しかし、①当該歩道は、事実上は、自転車置き場として使用されたこと、②Bの主観としては本件自転車に施錠したつもりでいたこと、及び③Bは、第2現場に本件自転車を置いた約2時間後には取りに戻ってくるつもりであったこと、を踏まえると、この時点における本件自転車に対するBの所有の意思を肯定すべきである。
(ウ) よって、この時点で本件自転車に対してBの占有が及んでいる。
(3) そうだとすると、本件自転車は、「占有を離れた他人の物」にはあたらないから、占有離脱物横領罪は成立しない。
(4) 甲は、Bの黙示の意思に反して、本件自転車の占有を取得しているから「窃取した」といえ、故意も問題なく認められる。本件自転車を乗り捨てるつもりであっても、権利者排除意思及び利用処分意思は認められるから、不法領得の意思にかけるところもない。
(5) よって、甲が本件自転車を持ち去った行為に、窃盗罪が成立する。
3 甲がCに対して殴る、蹴るの暴行を加えた行為について、傷害罪(204条)が成立しないか。
(1) 甲の暴行によって、Cは顔面打撲の傷害をおっており、これはCの生理的機能を障害したといえるから、Cの「身体を傷害した」といえる。
(2) 故意も問題なく認められるから、甲の行為に、後述する通り傷害罪の共同正犯(60条、204条)が成立する。
4 甲には、2件の窃盗罪と傷害罪の共同正犯が成立し、これらは併合罪(45条)となる。
第2 乙の罪責
1 乙は、Cに暴行を加えている甲から「お前も一緒に痛めつけてくれ」といわれて、暴行行為に加担している。
2 共同正犯が成立する要件は、共謀と共謀に基づく実行である。共謀とは、故意と正犯意思を有する者同士が、相互的意思連絡を手段として、特定の犯罪を共同して実行することを合意することをいう。乙は自己のストレスを発散するためにCに対する暴行を行なっており、故意と正犯意思が認められる。甲から「お前も一緒に痛めつけてくれ」と言われて乙はこれに応じているから、意思連絡を手段として傷害罪を共同して実行することについて合意したといえる。よって、甲乙間に傷害罪の共謀が成立している。
3 乙は、甲の行為に途中から共謀・加担しているが、先行する甲の行為によってCが逃げたり抵抗したりできなくなっている状況を積極的に利用してCに暴行を加えているから、承継的共同正犯の成立を肯定できる。よって、先行する甲の行為から生じた結果も含めて、Cに生じたすべての結果が乙に帰責される。
4 なお、同様に、甲にも、乙の行為から生じた結果も含めて、Cに生じたすべての結果が丙に帰責される。
5 以上より、乙には、傷害罪の共同正犯(60条、204条)が成立する。
以 上