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友達であり姉妹であり、母という人
母はいつも宅配物をわたしによこすとき、手紙を添える。そしてわたしは、その手紙を何日間かくり返し読む。
”無理せんよーに、気楽な感じですごして下さいネ♡”
たいてい添えられるハートマークと、昔から相変わらず丸っこい字がわたしに安心をくれる。そんな母について今日は記録したいと思う。
絶対音感をもち、数学が得意で、よくピアノや数学を教えてもらった。夜勤明けでも旅行に連れて行ってくれたし、部活や受験に励むわたしをいつも頑張ってて偉いね、と褒めてくれた。
社会人になり、彼と別れようと思っていることを伝えたとき、後日添えられた手紙には
"付き合ううえで多少のわがままを言うことは大事だよ"と書かれていた。
いつもわたしの欲しい言葉を与えてくれる。母という人は、とても偉大で、いつかあなたみたいな大人になりたいと思う。
先日、ライブでこちら方面に来た両親と居酒屋で飲んだ。わたしの感性は父親譲りだとつくづく思う。還暦を迎えても挑戦し続ける父を尊敬しているし、それを優しく見守り寄り添う母を崇拝している。
お酒を飲むと必ず、母に
"今日はあんまり飲んでないね"と煽られる。
飲む間も惜しむくらい話が沢山あるし、酔わなくても本音が言えるからだ、と言い訳をするわたし。居心地が良いんだよ。
ここ数ヶ月、悲しいことや寂しいことがたくさんあった。それを受けとめなければならないことくらいわかる、もういい大人だからだ。それと同時に今をしぬほど大切にしなければならないこともわかる。
" 生きるとは、時間の長さだけじゃない "
運命には抗えない。運命で片付けてしまうのはよくないかもしれないが、今できることはたくさんある。
フットサルをしたりバイクに乗ったり、好きなことをするわたしに母は、"たくさん趣味があっていいね"と言う。危険だからと真っ向から反対しない父と、そういう風に捉えてくれる母のおかげでできていることだ。
少し前にTwitterで(バキバキのTwitterユーザーなのでXとはあんまり言いたくない)
『お母さんが死んだら一緒に死にたい』という呟きを見てひどく共感したが、わたしはきっと生きると思う。わたしが生きる限り母は、わたしの心の中にずっと住んでいてくれると思うから。
世の中のお母さんへ
今日もあなたの娘は、あなたを思いながら生きています。