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悔いなき人生は、どっちだ

よし、寝るか、と電気を消したちょうどその時、「背中が痛すぎる」と恋人からメッセージが届いた。

3日ほど前から、急に背中の右上が痛くなったそう。寝違えなのか、腱鞘炎なのか、別のものか全く見当もつかない。
痛みはどんどん悪化していって、肩を少し動かしただけでも痛むらしい。寝っ転がるのが一番痛いらしく、とうとう昨夜、眠れないほど痛くなってしまったらしい。

「病院に行ったら」私の当然の返答は、彼の「嫌だ」の2文字に打ち消される。

「行け」「行かない」「いいから行け」「嫌だ、でも痛い」
この応酬を2時間繰り返しても、病院に行く約束を取り付けることはできなかった。

***

彼の言い分は、こうだ。

就職のかかった大事な発表が間近に迫っている。そのためのスライドや論文を準備しなければいけない。医者に行って、腕が固定されてしまったら、パソコンに向かうことができない。それはいま、痛みよりも一番困ることだ。

彼は、頑固だ。
自分が本当に納得したものでないと、受け入れたりはしない。
ただし、「そっか!」と納得さえしたら、すんなり他人の意見を聞き入れてくれる。

どうも今のところ、病院へ行くことに納得してはもらえていない様子。
どれだけ私が真っ当なことを並び立てて言っても、納得はしていないようだ。

そのくせ、ふいに痛みに顔を歪めている。少々の不調では平気なそぶりをして乗り切ってしまう彼が、顔に出てしまうくらいなのだから、よっぽど痛いのだろう。

***

困った。
彼は「いまは耐えどき、頑張るとき」の意識でいっぱいだ。
「無理をしてでもやらなあかん時があるんや」と、目先のことで精一杯。長期的な弊害の可能性なんて、わかってはいても、気にかけたくないのだろう。

彼の気持ちもわかる。確かにいま彼は重大な局面にいて、大きなチャンスを掴もうとしている。「ここで頑張らなきゃ、いつ頑張るの」な状況にいる。
でも、心配だ。無理を重ねて、取り返しのつかないことになってしまったらどうしよう。そんな気持ちがある。

幸い、パソコンに向かう姿勢やものを書く姿勢はいくぶん楽らしい。大したことないならいいのだけれど。

***

こうして、彼の気持ちを尊重してあげたほうがいいのか、騙してでも病院へ連れて行ったほうがいいのか。悩んでいる。
あまりにもやもやするものだから、こうやって文字として記して、整理をつけようとしている。

大事な局面で、全力で取り組めなかったら悔いが残る。
けれどその結果、より大きな弊害が起きてしまったら、それもそれで悔いることになるのだろう。

どうしたものかなあ。


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あさぎはな
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