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盗み見る君の横顔は、大空の花や屋台の味より魅力的で #文脈メシ妄想選手権
「あ、あそこ、空いてる!」
「ほんとだ。ラッキーだね」
人混みの中で、たまたまポッカリと空いていた隙間を見つけた。
「あ、気をつけて」
小さな段差を前に、彼が言い、そっと手を貸してくれた。
「その格好、歩きにくそうだね」
「うーん、下駄はやっぱり歩きにくいね」
「でも、ほんと、似合ってるよ」
どうやらこの日のために、まる1日費やして着物屋さんで試着を繰り返した甲斐はあったらしい。紺色の生地に咲く紫の朝顔も、きっと嬉しかろう。
*
道路脇のブロックに腰掛けた。
観覧エリア内の道路には多くの人が座っていて、皆、今か今かと空を見上げていた。
「おなかすいたなあ」膝にのせた白いビニール袋を覗き込んでは、お伺いを立てるようにこちらの顔を見る彼。
「えー、まだ始まってないよ?」
「でもおなかすいたよ?」あざとい目をして、こちらを覗き込んでくる。
ビニール袋越しでも、ソースのいい香りがする。
「おなか、すいたね」
彼がさらに期待を込めた眼差しで、こちらをみてくる。
「……食べちゃおっか」
「いいの!?」
私が「うん」と言う前に、彼はビニール袋に手を突っ込んだ。
*
「はい、これ」
プラスチック容器に入った、焼きそばが手渡される。膝の上にハンカチを敷いて、包みをその上に乗せる。まだあたたかい。
ふたを開けると、ソースのいい香りが広がった。たちまち、おなかがぐうと鳴る。
彼の膝の上には、お好み焼き。こちらからも、ソースの香り。
「「いただきます!」」
おいしい。屋台の焼きそばって、おうちの焼きそばとは全然違うおいしさがある。
「やっぱり、屋台の味って最高だよねえ」
「だねえ。ねえ、焼きそばちょっとちょーだい」
「じゃあ、お好み焼きもちょっとちょーだい」
交換して食べる。
「「おいしいねえ」」と声が重なる。ふたりとも笑顔になる。
*
「あ、ねえ、そろそろ時間だよ」と時計を見て言う。
「ほんとだ」ふたりして、箸をとめる。容器のふたを閉じて、空を見上げた。
「ごー」「よん」カウントダウンがスタートする。私らもそろって、声を出す。
「さん」「にー」「いち」
ドンッと大きな音がして、頭上高くに大きな花が咲いた。
「きれいだね」
「きれいだね」
そっと、彼の右手に左手を重ねる。彼の右手が動いて、ぎゅっと私の手を握った。
ふっと顔を見合わせて笑う。
「残り、いつ食べようね」なんの気なしに、焼きそばのことを気にしてみる。
照れ隠しだって、思われちゃうだろうか。
「もうしばらく、このまま見ていたいね」空を見ながら、彼が言う。
思いがけない真っ直ぐな言葉に、小声で「うん」と返すしかなかった。
無数の色とりどりの花が、次々と大空に咲いていく。
鮮やかな花たちと同じくらい、ちらと盗み見る隣の横顔にも、見惚れてしまう。
ぎゅっと繋いだ手は、しばらくの間、離れなかった。
***
あきらとさんらによるコラボ企画・「文脈メシ妄想選手権」に参加しました。
書きたくなって書いちゃったけど、このネタ、もう誰か書いていそうな気がする……
花火大会で食べる屋台の焼きそばとお好み焼き、どうしてあんなに美味しいのでしょうか。ついつい買っちゃう。ああ、たこ焼きも捨てがたい!ソースの匂いには勝てません。
あきらとさんはじめ、企画者のみなさん、素敵な企画ありがとうございました!
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