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盗み見る君の横顔は、大空の花や屋台の味より魅力的で #文脈メシ妄想選手権

「あ、あそこ、空いてる!」

「ほんとだ。ラッキーだね」

人混みの中で、たまたまポッカリと空いていた隙間を見つけた。

「あ、気をつけて」

小さな段差を前に、彼が言い、そっと手を貸してくれた。

「その格好、歩きにくそうだね」

「うーん、下駄はやっぱり歩きにくいね」

「でも、ほんと、似合ってるよ」

どうやらこの日のために、まる1日費やして着物屋さんで試着を繰り返した甲斐はあったらしい。紺色の生地に咲く紫の朝顔も、きっと嬉しかろう。

道路脇のブロックに腰掛けた。
観覧エリア内の道路には多くの人が座っていて、皆、今か今かと空を見上げていた。

「おなかすいたなあ」膝にのせた白いビニール袋を覗き込んでは、お伺いを立てるようにこちらの顔を見る彼。

「えー、まだ始まってないよ?」

「でもおなかすいたよ?」あざとい目をして、こちらを覗き込んでくる。

ビニール袋越しでも、ソースのいい香りがする。

「おなか、すいたね」

彼がさらに期待を込めた眼差しで、こちらをみてくる。

「……食べちゃおっか」

「いいの!?」

私が「うん」と言う前に、彼はビニール袋に手を突っ込んだ。

「はい、これ」

プラスチック容器に入った、焼きそばが手渡される。膝の上にハンカチを敷いて、包みをその上に乗せる。まだあたたかい。
ふたを開けると、ソースのいい香りが広がった。たちまち、おなかがぐうと鳴る。

彼の膝の上には、お好み焼き。こちらからも、ソースの香り。

「「いただきます!」」

おいしい。屋台の焼きそばって、おうちの焼きそばとは全然違うおいしさがある。

「やっぱり、屋台の味って最高だよねえ」

「だねえ。ねえ、焼きそばちょっとちょーだい」

「じゃあ、お好み焼きもちょっとちょーだい」

交換して食べる。

「「おいしいねえ」」と声が重なる。ふたりとも笑顔になる。

「あ、ねえ、そろそろ時間だよ」と時計を見て言う。

「ほんとだ」ふたりして、箸をとめる。容器のふたを閉じて、空を見上げた。

「ごー」「よん」カウントダウンがスタートする。私らもそろって、声を出す。

「さん」「にー」「いち」

ドンッと大きな音がして、頭上高くに大きな花が咲いた。

「きれいだね」

「きれいだね」

そっと、彼の右手に左手を重ねる。彼の右手が動いて、ぎゅっと私の手を握った。
ふっと顔を見合わせて笑う。

「残り、いつ食べようね」なんの気なしに、焼きそばのことを気にしてみる。
照れ隠しだって、思われちゃうだろうか。

「もうしばらく、このまま見ていたいね」空を見ながら、彼が言う。

思いがけない真っ直ぐな言葉に、小声で「うん」と返すしかなかった。

無数の色とりどりの花が、次々と大空に咲いていく。

鮮やかな花たちと同じくらい、ちらと盗み見る隣の横顔にも、見惚れてしまう。

ぎゅっと繋いだ手は、しばらくの間、離れなかった。



***

あきらとさんらによるコラボ企画・「文脈メシ妄想選手権」に参加しました。

書きたくなって書いちゃったけど、このネタ、もう誰か書いていそうな気がする……

花火大会で食べる屋台の焼きそばとお好み焼き、どうしてあんなに美味しいのでしょうか。ついつい買っちゃう。ああ、たこ焼きも捨てがたい!ソースの匂いには勝てません。

あきらとさんはじめ、企画者のみなさん、素敵な企画ありがとうございました!


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あさぎはな
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