【オリジナル】星の向こうに世界があった

※これはとあるオプチャの文芸部メンバーによるリレー小説です

1

夏のある日。
タイチは小学校から帰ってくるなり、お母さんに話しかけました。
「母さん、母さん!」
どうやらタイチは何かに怒っている様子。
しかし、いつものことなので、お母さんは動じません。
「あら、おかえりタイチ。連絡帳、机にに出しといてね。いますぐよ、いますぐ。アナタすぐやらないと忘れちゃうんだから、そういえばこないだも…」
「聞けよババア!」
「あら、いい度胸してるわね、このクソガキは。メンタルだけはパパとママの最高傑作間違いなしよ、アンタ。認めてあげる」
タイチは圧倒的なお母さんの圧に、勢いを失ってしまいました。
間違いなく気のせいですが、はんにゃの顔が見えたような…
「それで?愚か者中の愚か者、愚息の代名詞でお馴染みのタイチさんは、夕食の用意で忙しい母親の手を止めてまで伝えたいことって、いったい何かしら?」
「そ、それはですね…」
ここで怯んではいけない!そう思ったタイチは意を決してお母さんに言いました。

2
「オ、オレの机の上にあった星の砂、どこへやったでございますか??」
タイチはポケットから小瓶を取り出し、怒り狂ったドラゴンをしずめるかの如く
最大限の丁寧な口調で言ったつもりだったが
あまりの圧力におかしな日本語になってしまい
お母さんも思わず笑ってしまった
やった!タイチはすかさず
空の小瓶を振って見せた。

するとお母さんは瞬時に自分のペースを取り戻し

「あぁ?!オレ様が机の上を散らかしておくから掃除してやったんだろうが!!その時に溢れてたから掃除機で吸ったわよ!アンタ、砂を溢したままにしとくんじゃないよ!
レオが舐めたらどうすんのよ!」
レオはタイチの家のロシアンブルー。家中、気ままに散歩しては悪戯するので、いつも母さんが家中を掃除してまわる羽目に。だからさらにイライラしている。

猫は自由気ままなところがいいのよと
家中放し飼いにしてるから掃除が大変になるのにと
口が裂けてもお母さんに言えない。
もし言ったら自分の部屋を猫専用部屋にするなんて言われかねない。
お母さんの溺愛ぶりは異常だ。
「星の砂は溢してたんじゃないよ!夜空の地図の上に星を並べてたんだよ!勝手に捨てやがって!!!」

天体観測マップはの父さんからの誕生日プレゼント。タイチは毎日これを眺めては夜空の星を砂で再現するのが日課だった

3

「っていうか!それ俺の日課!!母さんも知ってるでございましょう?!」
「知ってるわよ!でも、何よりそれよりレオが舐めた時の方が心配だから、片付けたって言ってんでござぁますよ!」
タイチは拳をギュッと握り締めました。
「・・・息子より猫の方が大事って、どういうことだよ!自分の大切な物さえ守れれば、それでいいのかよ!こんのクソババア!!」
自分の言葉に、タイチは後悔はしません。だって、お母さんにとってレオが大切であるように、タイチにとってあの砂はとてもとても大切だからです。そして、お父さんとの大切な約束でもあるのです。
『良いか、タイチ。言葉は人を傷つけるし、人を癒やす。だから、相手の立場に立って考えて言うんだ。そして、自分の言葉には責任を持つ。男に二言はないからな!』
豪快に笑うお父さんの姿をタイチは思い出しました。男と男の子約束だから、後悔はしていません。
ただ、最後の一言は余計だったかな?とすこーしだけ焦っています。だって、チラッと見上げると、目の前のはんにゃ・・・もといお母さんからだだ漏れな黒いオーラが、湧き上がっているように見えるからです。

4

最後の一言が余計だってかな…と
少しだけ後悔しているタイチ。
ただ星の砂を掃除機で吸われたことは許せない。
お母さんを傷つけたこともわかっているけれど
お母さんだって僕を傷つけたんだ。
そんな気持ちの葛藤がこころの中では起きていました。

そんなときお父さんとのもう1つの約束を
思い出したのです。
「間違ってもいいけれど悪いと思ったらちゃんと自分から謝る。相手にも悪いところがあったとしても自分が悪いと思ったら先に"ごめんね"と言える人が
かっこいい男だぞ。」
その言葉を思い出した途端、葛藤していた心は
流れ星のように方向性をきめました。

お母さんはおそらくあと3秒もすれば噴火するだろう。
そのくらいの怒りを感じながら少し早口でいいました。
「お母さん、言いすぎたごめん。」

それだけで終わればよかったのですが
葛藤していた気持ちが湧き出してついこんなことを
「掃除機の中身から一緒に星の砂を探してくれたら
僕は許してあげる」

5

その晩、お父さんは一週間ぶりに研究所から帰宅するので、ウキウキした気持ちで家路についていました。しかし、家に帰ってみると、空気が凍っていたので戸惑います。リビングに着くと、タイチだけがいました。
「ただいま。お母さんは?」
「おかえり。今日は店仕舞いだって」
「…おいおい。何があった」
タイチは、今日あったことを話しました。
「で、俺が掃除機の中の星の砂を集めたいって言ったら、母さん無言になって台所に行ってさ、料理と共に一枚の紙を置いて、部屋いっちゃったんだ」
タイチは先ほどお母さんが持ってきた紙を出しました。お父さんが、恐る恐る紙を見てみると、

『星の砂 掃除機入れば ただの砂』
 〜母親 心の一句(字余り)〜

鬼だ。鬼がいた。
お父さんは、先ほど来たお母さんからのメールの意味をようやく理解しました。

件名:至急のご相談
本文:金で解決したい事案があるので帰ったら相談させて

「…タイチ。新しく砂、買ってやるから、今度からは散らかすなよ」
「…うん、分かった」
なんだかんだ、我が家に帰ってきたことを実感するお父さんなのでした。

そして、時は経ち。

紆余曲折ありながらも、天体への思いを募らせていったタイチは、高校生になりました。
天文部の門を叩こうと、部室を探していましたが….

6

「てん、もんぶーてんもんぶー」タイチがぶつぶつ言いながら探していると

「もしかして天文部入りたかったの?君。それなら、もうなくなったよ。って、、、?!!!???タイチ?」
本を片手に沢山持って部屋から出てきた
眼鏡のイケメン、、、それは、、、

「わ!星野先輩!」
タイチの中学の先輩だった。頭脳明晰いつだって完璧、人気者の先輩がそこに立っていた、
だからタイチのテンションが上がらないわけがない。

「星野先輩!!!会いたかったですよーーー!!
マジ嬉しいわーーーー!」

久しぶりに会えた嬉しさがとまらなくなり
変なテンションのタイチ。

「久しぶりだなぁ、お前のこと天文部で待ってたんだけど、部員がとうとう俺1人になっちゃってさ。」

7

「・・・え?廃部?」
変なテンションで舞い上がったタイチは、星野の一言で動きを止める。
「そ、悪りぃな。お前のことだから、きっと入部届け出してくれるだろうと思ってたんだけどさ。」
首の後ろを掻きながら、申し訳なさそうにする星野に、タイチは何も言えなかった。
「そ、そんなに落ち込むなって!な?元気だせ!天文部はなくなったけれど、俺がいるじゃないか!」
確かにそれはそうだが、でもそうじゃない。タイチは、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「そうだ、今度の流星群、久しぶりに一緒に見ないか?いつものあの場所で。」
その一言で、タイチのテンションはまた上がる。天文部はなくなったけれど、2人で星を見ることは出来るじゃないか。描いていた高校生活と少しズレるくらい、なんて事はない。
「先輩!見ましょう、流星群!!」

8

流星群が夜空を流れるのは、3日後のこと。

3日後、星をみるためにいつもの原っぱの奥に
訪れたタイチ。あのときと変わらぬ場所だ。
タイチが星を好きになった場所だ。

3歳のころ初めてここで星を家族と星野先輩家族
みんなで星空を見上げて感動を共有したのだ。

3歳のころから小学生までは毎年、流星群を
2家族で見に行っていたんだよな。
向かう車内では、バンプの天体観測をみんなで大合唱しながら胸を躍らせていたなといろんな思い出が
よみがえってきた。

星野先輩を待つ間にタイチの頭の中は
「あの頃のみんなが幸せそうに笑っていた笑顔と
 満点の星空」でいっぱいだった。

ふっと「星の砂」でお母さんとギクシャクした
ことがよぎった。そのときだった。

「よっ!!」星野先輩が来た。

9

「星野先輩!…相変わらずすごい天体望遠鏡ですね」
「まぁ、今日の目的は彗星だから、別になんでもいいと思ったけど、やっぱ久々に人と見るんだから、ガッツリ口径の調整が効くモデルじゃないとな!」
気合はバッチリのようです。
「分かってると思うが、今日の目的は『4月こと流星群』だ。毎年天文部の新入生歓迎イベントだったわけだが、まぁ、これがウケが悪い。」
そうなのだ。確かに新入部員が来る時期に発生する流星群だが、そもそもピーク時間帯は日本の日中帯という、条件の悪い流星群だ。
「素人は派手なヤツじゃないと食いつかねぇ。そもそも星に興味などないからだ。自分が惑星人という自覚がない」
そんな自覚あるやついてたまるか、とは思ったが、口には出さない。
「だが、俺は刹那な輝きであろうと、流星群の輝きに勝る美しさはないと思う。途方もない歳月をかけて太陽系を周回する彗星が、僅かばかり地球の軌道に残す光の儚さといったら…」
「先輩、早くセッティングしましょう!」
「おう、そうだった!」
久々に会った星野先輩は、かなり拗らせているようだ。もしかして、天文部に人が集まらなかったのは、この人のせいなんじゃないだろうか。

「よし、俺が天文部を一から立て直す!」

明日から勧誘活動を始めよう。タイチはそう決意したのであった。

10

タイチは徹夜でチラシを作った。家にあった美しい天の川の写真を使って、なかなか悪くないぞ。
嬉しさとワクワクが眠さに勝ってタイチはすこぶる張り切っていた。
いつもより1時間早く登校すると印刷機のある職員室へ直行。
だがそこで学年主任の伊藤先生は元顧問。大量印刷の許可を出すのを渋られた。

「廃部になった事すらみんな知らないですから!
また俺が1からめちゃくちゃいい部にしてみせます!100枚全部絶対今日中に配ります!!!お願いします!!!」

タイチの熱意が伝わったのか
部員を3人は増やすことが出来たら、また部の再開の許可をもらった。
「っしゃーーー!もえてきたーーー!俺には成功しか見えねぇ。」大量のチラシを小脇に抱え校門へとダッシュ。

ここでタイチの人生を根こそぎ変える出会いがあるなんて、、、想像もしていなかった。

11

「天文部です。よろしくお願いします!」
登校時間になり、校門前はたくさんの生徒であふれている。
しかし、タイチの声は誰にも届いていない。先ほど伊藤先生には100枚絶対配ってみせると言ったが、こんなに受け取ってもらえないものなのかとタイチは後悔している。
(せめて、駅前のチラシ配布のようにポケットティッシュを付けるべきだったか・・・。)
問題点は絶対にそこではないのだが、そう思いたくなるほどに手元のチラシは減っていなかった。
「天文部でーす!現在、部員を募集していまーす!」
自棄になって声を張り上げていると、小さな声が聞こえた、ような気がした。
なにせ、登校途中の大多数の生徒は会話を楽しみなながら昇降口へ向かっていくのだから、小さな声などあちこちから聞こえるのだ。タイチは気のせいかと思い、再度声を張り上げる。
「・・・あ、あの。」
すると、今度は先ほどよりも大きな声が聞こえた。気になり、タイチは目線を配る。
後ろを振り返ると、同じ学年なのか真新しい制服を着た女の子が立っていた。
「・・・えっと、僕に何か用ですか?」
どう見ても、その女の子は自分の方を向いて立っているのだが、思わず確認してしまうほどに、女の子は地面を見つめている。肩にかけた指定のカバンの持ち手を両手でギュッと握りしめ、ショートボブに揃えた黒髪が微かに揺れている。
「あ、は、はい。・・・あ、あの。」
「はい。」
「・・・天文部に入ったら、星の向こう側って見られますか?」
「・・・はい?」

12

「わたし、星の向こう側を見てみたいんです。
 天文部に入ったら見れるのかなって
思って聞いてみました」
タイチは「星の向こう側」が何なのかよくわからなかったが、1人目の部員候補となるであろうその子を手放したくなかった。

「星の向こう側…天文部に入ったら見れますよ」
少しだけ誇張した。
見れるかどうかなんてわからないし、
そもそも「星の向こう側」を知らないのだ。

この少しの誇張がバレないかドキマギしていると
「わたし、セイラっていいます。
 天文部に入部します!」
とさっきまでとはまるで違う人物のように
ハキハキとした声で入部宣言をしてくれた。

タイチは初めての部員に大喜びでその場でセイラに
抱きついた。なんとなく懐かしい香りがした。

と、その瞬間我に帰り抱きしめていた手を離して
少し恥ずかしそうに
「ごめんごめんついつい嬉しくて」と弁明した。「大丈夫です」というセイラの顔は
少しだけ火照っていたことをタイチは知らない。

早速部室に案内することにした。

13

難航した部員集めだが、残り2名についてはあっさり終わった。セイラ繋がりで部員が集まったからであり、タイチの頑張りとは関係なかった。
100枚のチラシより、1人のセイラである。

「セイラに変な虫が着いたら嫌だからね」
そういって入部したのは、セイラと幼馴染という関係性のナツコ。幼稚園からずっと一緒にいるというのだから筋金入りである。
少し当たりがきついので、少々ビビっているタイチである。
「まさか俺のことを言ってるんじゃないだろうな、未来のスターである、このリュウセイ様のことを」
セイラが入部すると聞いて、まさに流星の速さで入部を決めたのが、このリュウセイだ。タイチとクラスメイトでもあるこの男の将来の夢は、歌舞伎町No. 1ホストになることらしい。(ちなみに本名はシゲオである)
「あんまり周りがガードを固めちまうと、セイラ本人も窮屈になっちまうぜ?ナツコ」
「言っとくけど、セイラには昔から付き合ってる彼氏がいるから」
「タイチ、さっそく退部届けを出したいんだが」
「やめてくれよ!せっかく正式に部活になったのに!」
ちなみにセイラに彼氏がいることには、タイチも少しショックを受けている。

「ふーん、セイラが言う『星の向こう側が見たい』っていうのは、その彼氏が関係してんのか?」
1人マイペースを崩さない星野先輩が、セイラに話しかけた。
「いや、彼氏じゃないんです、私が憧れてただけで…。でも、そうです。私自身は天体に全然詳しくないんですけど…その人に言われたんです。星の向こう側を見れば、世界が変わるんだ…って」
「その彼とやらも天体に詳しいのか?じゃあ、ソイツと一緒に見ればいいんじゃないのか?」
星野先輩はストレートに聞いた。イケメンはなんの躊躇もなく踏み込めるから卑怯である。
「それが…できないんです」
そう言ってセイラは俯いた。
代わりに答えたのは、ナツコだ。
「セイラの彼氏は、シュウくんは、行方不明になったんです」
彼氏じゃないってば!というセイラの否定は、あんまり耳に入ってこなかったタイチであった。

14

放課後、セイラ、ナツコ、シュウが部室に集まり
久しぶりに天文部の部屋から笑い声が溢れた。

通りがかった伊藤先生が
「お、チラシは大量に余った割に3人集められたのか。」
意地悪な笑顔で嬉しそうに入ってきた。
タイチがドヤ顔で話そうとするのをリュウセイがすかさず割って入る
「正確にいうと、こいつ(セイラ)が入りたいって言うから保護者としての付き添いです。な!」
「ま、そんなとこ。」ナツコもそれにのる。
タイチは苦笑いするしかなかった。

でも、セイラは天真爛漫な笑顔で
「だとしても!3人集まりましたもんね!先輩!」
タイチに向かって微笑む。

タイチの中である決意がかたまった瞬間だった
(俺、セイラに星の向こう側絶対見せる!今は何かよくわかんねぇけど!!!)
と、そこに間髪入れずにリュウセイが
「で、タイチ。セイラの見たい星の向こうがわって結局何?どうやって観れんの?」
(ん。だから、俺今それ必死に考えてる最中なの!質問はえーよ!)かたまった決意が一瞬にして崩された瞬間だった。
でも目の前のキラキラした目でセイラに見つめられちゃあなぁ、タイチは思わず
「今夜1時。屋上に来たら見れるよ!」
と、、言ってしまった。

15

その言葉を聞いたセイラは、一日中何だか落ち着かなかった。
思い出すのは、一度だけ会ったことがある天使の名前。

幼い頃、夏に遊びに行った親戚の家の近所で迷子になったセイラは、神社の石段に座って泣いていた。陽が沈みかけ、辺りはどんどん暗くなっていき、不安が増す。
ふと、自分を影が覆った。見上げると、木の枝に一人の青年が立っている。
『げっ!人間がここにいたのか・・・また兄貴にどやされる・・・』
頭の後ろを掻く彼は普通の人間に見えた。背中から生えている真っ白な翼以外は。
『天使?』
思わず聞いた言葉に、彼は面倒くさそうに答えた。
『あぁ、そうだよ。俺は天使だ。良いか!?俺と今日会ったことは、絶対に誰にも言うなよ!?』
そう言って、木から降り、その場を立ち去ろうとする青年の後ろをセイラはついていく。
『・・・何でついてくんだよっ!』
『だって・・・セイラ、お家わからないんだもん。暗くて怖いし。』
『ったく、迷子かよ。』
少し苛ついた青年の態度に、セイラは泣き出した。
『あぁ、悪かったって、な?泣くな。あぁ、飴なんて持ってねぇし。・・・あ!ほら、これ!!』
そう言って、ポケットから出した小さな瓶をセイラの手にのせる。
『ほら、これやるから、元気だせ!』
『砂?』
『そ、これはな、星の向こう側の世界の砂なんだぞ!』

その小さな瓶は、今セイラの制服のポケットの中にある。
そして、時刻は深夜1時。屋上にいた。


16
深夜1時。今日は双子座流星群が見れる日だった。
満点の星空のなか、
セイラ・ナツコ・タイチが集まった。
リュウセイは既読がつかない。
もう夢の中かもしれない。

「いま僕たちがいるここの屋上から流星群が
 見られるのは1時30分ごろだ。
 もう少しだけ待ってみよう」タイチは言った。

満点の星空のなかで
「数学の加古先生が今日は優しかっただとか
 現代文の清水先生の化粧が濃かったから
 今日は合コンだねだとか」
そんなたわいもない話で盛り上がっていた。

ただそんななかひとりセイラだけは
どうやら話が耳に入っていないようだ。
というよりも気が気でない様子。

制服のポケットをギュッとにぎって
ドキドキが止まらない様子だった。

もうすぐ1時30分を迎えようとした時
「ガチャっ」

17

そこにいたのは、伊藤先生だった。
「私が連絡したの」
当然でしょうと言わんばかりのツンとした表情のナツコが言った。
「深夜に、学校の屋上に忍び込むなんて、見つかったら停学ものよ。部活動の一貫にするためには引率の先生が必要でしょう」
なるほどそれはそうだね、とセイラは納得した様子だったが、タイチは内心忸怩たる思いだ。
(青春ラブコメに引率の先生はいらねぇんだよ!)
というのは本心だが、正論すぎて何も言い返せなかった。
「タイチ。悪いけどな。話を聞いた以上はほっとけんよ。しかし…」
バツが悪そうに、伊藤先生は頭をかく。
「くそ、くじ運の悪さだよなぁ、運命なのかぁ??」
「?先生、何言ってんの?」
「あー、悪い、セイラさ、早いとこさ」
セイラがびくっとなる。
「その星の砂、俺にくれる?」

18

やる気があるような、ないような。
よく言えば冷静沈着で柔和な、伊藤先生。
その雰囲気に変わりはないのだ。
なのに、なぜか異質なものが混入したかのような違和感が、その場にあった。
「あー、すまん、怖いよな。安心しろ、いろいろ端折ってではあるが説明する。とは言え、説明したところで理解してもらえるかは分からんが…」
ポリポリと頭をかく伊藤先生。
「結論を言うとだな、お前はこの星の人間じゃねぇんだ、セイラ」
「は?」
「そういう反応になっちまうよな、そうなんだよな、そうだよな…」
どこから説明したらいいもんか、と伊藤先生はこぼした。
「タイチは知ってると思うが、地球は銀河と呼ばれる、まぁ星の集合のうちの一つに過ぎない。銀河自体も数兆個以上あり、今も宇宙は拡大し続け、星の数は爆発的に増加している、と言われている。なぜ、広がり続けているのか、その理由が何か分かるか?」
「え、は、わかんない、けど?」
「その答えは、コピー、だ。
ある一定周期で、今の宇宙全体をコピーして、複製している。だから、宇宙はとてつもないスピードで拡大し続けてるんだ。この地球をコピーした星が、宇宙には無数にあるってことだな。なんでそんな仕組みになっているかを説明するには…」
突然、タイチたちの視覚が変わる。
「え、なにこれ!?」
気がついたら、見渡す限り真っ白の空間に、タイチ達は閉じ込められていた。
そして、目の前には、伊藤先生がいた。
真っ白で大きな翼を持って。
「俺たち天界の人間…つまり『天使』が、この世界を作った経緯を説明しなくちゃいけない」

19

「ん、どうしたナツコ」
「いや、伊藤先生のコスプレ、キモいな、と思って…」
「はっ!流石のナツコも本音を隠すブレーキが壊れるほど混乱してるようだなうるせーよ」
意外にもダメージを喰らっているようだ。
本当にいつもどおりの伊藤先生に見える。
場所だけが、現実から離れていた。
「…続けるぞ。天使達がこの世界を作った理由は、なんてことない。ただの実験だ。一人の天使が、一つの星に、たったひとつの遺伝子を持った小さな生命体を配置した。その遺伝子には「学習」という機能を持たせた。」
白い世界に、デカいモニターのようなものが現れて、一人の天使が映し出された。
どうやら、当時の実験の様子を写しているらしい。
「あとは、ただじっと観察した。どんな変化が起こるか、データを取ろうとしたんだ。やがて遺伝子は分裂し、外的要因から自分の体を進化させていって、生物となった。
分からないと思うが、この成果は、当時の天界でセンセーショナルな出来事だった。
この実験はやがて巨大なプロジェクトになり、その貴重なデータを失わないよう、宇宙を作り、そこに星を置いて、コピーをとる仕組みを構築したんだ。これが宇宙が拡大する理由なわけだ。」
ついていくのが、やっとの話だ。
星に疎いセイラとナツコが、話して話についていけてるかは分からなかった。
「すると宇宙の拡大とともに、管理する人材が多数必要になった。コピーしてできた星には、天界から一人ずつ管理者が割り当てられた。まぁ…」
少し照れた様子で、伊藤先生は言った。
「まぁ、この星の場合、俺だな。」
偉そうに聞こえたら恥ずかしいけどな、と伊藤先生は付け加えた。
「コピーしただけじゃ原本との見分けがつかないため、コピーした星にはかならずナンバリングする。つまり、コピーであることを示すために、印を付けるんだ。星を少し削ってな。その削ってできたものが-」
悪戯が成功したかのように、伊藤先生は笑った。
「いま、お前『達』が持ってる、星の砂なんだよ」

20

「いや、これ親父が買ってきたもんなんだけど…そんな大事なもん、なんで俺が持ってるんだよ」
タイチはそう呟いた。
星に取り憑かれた自分のために親父が買ってきた星の砂。確か、親父はネット通販で買ったと言っていたはず。伊藤先生の言葉が正しければ、うちの親父は嘘をついたことになるが、どちらが信じれるかと言えば、断然父親だ。
それにしても。
なんで俺は今日、星の砂をここにわざわざ持ってきたんだろう。
「…タイチ。お前の親父、『ヒロム』も俺の教え子だった。星のことしか考えてないバカだったけどな」
くっくっくっ、と伊藤先生は笑った。
「この星の砂の管理こそ、俺たちの仕事なんだが…実は星の砂の管理が面倒でな…だから、自分の担当してる星の生き物に任せる天使も、結構いるんだよ。星の砂を持たせて、一生大切にするよう、そいつの脳をプログラミングするだけだからな。」
脳をプログラミングする?恐ろしいことを伊藤先生はなんでもないように言った。
「俺は星の砂を守る行動を取るように、お前の親父に仕込んだ。しかし誤算があった。一番大切なものを「未来永劫」守る、という命令と認識したヒロムは、自分のコピーに継承しなければ守れないと判断し、お前に渡しちまったんだ。これはうかつっちゃ、うかつだったが…まぁ、お前をプログラミングすればいい話だから、別に問題ない。そう思ってほっといたんだ、そしたら…」
あっ、とタイチは思い出した。
「『星の砂』は、掃除機に吸い込まれちまったんだ」
お前の母親はすげぇよ、と伊藤先生は耐えられない様子で笑った。

21

「お前が今持ってる星の砂は、新しく買ったものじゃないぜ、タイチ。お前の父親が泣きながら掃除機から集めたものだ。だか、流石に全部は集めきれなかったようでな…集めきれなかったものは、俺が回収して別の者に持たせた。それが、ナツコ、お前だよ」
「私!?」
「お前も持ってきてるだろう?普段は持ち歩くこともしなかった星の砂を」
ナツコは自分のカバンに視線をやり、そして無言になった。肯定しているに等しい。
「…さて。この星の砂なんだが、各星にひとつだけ存在するものなんだ。貴重なデータである星を無駄に削る天使などいない。しかし、君達は今日、全員が星の砂を持っているよね?そのうち、タイチとナツコの星の砂は、この星のものだ。」
つまり、セイラが持ってる砂は…
「別の星の砂となる。だからお前は別の星の生き物なんだ、セイラ」
「し、しらない…どうゆうこと!?」

22

「セイラ自身にはその自覚がないかもしれないな。諸悪の根源はお前のいた星の管理人だろう。その星の砂は誰にもらった?」
「…シュウくんです」
「あ、セイラがこないだ言ってた行方不明の彼?」
アイツも天使だったのか。と、ナツコは妙に納得していた。
伊藤先生はと言えば、顔が引きつっている。
「…あいつんとこかぁ…悪い意味で有名人だよ、その管理人は。もともと配達係だったし…ヤツなら違う星のセイラをこの星に送り込むことは可能だ」
「そんな、なんのために?」
「俺には分からん。が、ヤツの行動のせいで今、天界はてんやわんやで…とにかく我々にはその砂が必要なんだよ、セイラ」

23

「ちょっと待ってよ先生」
「なんだタイチ。」
「この後、セイラはどうなるんだ?」
「いい質問だなぁタイチ。いま、異世界の生物であるセイラがこの星にいられるのは、星の砂のおかげだ。それを失うとなったら、セイラも無事ではすまないだろうな」
「マジかよ!」
「俺たち天使はそれでも構わないんだが。まぁ、俺的には後味が悪い。かわいい生徒だからな。だから、どうすればいいか伝えるぞ」
伊藤先生はウホン、と咳払いした。
「シュウを見つけだし、セイラを元の星に戻すんだ。ただし、残り時間は少ないぞ。次の流星群がやってくると、この星のコピー処理が始まる。それまでに見つからなかったら俺は強制的に星の砂をもらう。」
「そ。そんなの全然時間ないじゃない!あと少しで、セイラが…!?」
ナツコは半狂乱になった。
セイラは茫然自失になっている。
「この後に及んで俺を疑ってる場合じゃないぞ。なんとしてもシュウを見つけ出すんだ、俺もめちゃくちゃ説教してやりたい気分だ」
残り時間は30分くらいで見つけろっていうのか。今までセイラ達が見つけられなかったやつを。
考えろ、考えろ。
タイチはこの状況を打破しようと、頭をフル回転させた。

24

「ひとつ教えてほしい」
「なんだ、タイチ」
「星の砂ってさ、星に一つしかないって言ってたよな。それほど貴重なものなのに、いまここにいる3人は、みんな星の砂を持ってる。」
「…そうだな」
「俺たちが集まったのって、偶然なのか?」
「…星の砂を守るようにプログラミングした結果だと考えられるな。きっとセイラが持ってる星の砂も守らなくちゃいけないって、ナツコもタイチも思ったんじゃないか」
「それを肯定したくはないけど、俺たちが引かれあったのが偶然じゃなくて、何かの力による必然のもので、意味があるものだとしたら」
あんまり考えたくない可能性だし、間違ってる可能性も高いだろう。だが時間がない中、タイチはこの可能性しか思いつかなった。
「もう1人のメンバーがいる。俺が勧誘して天文部に入部したヤツがいるんだ。それは偶然か?」
「タイチくん、それはどういう…」
「ナツコ同様、セイラを目的に入部してきたアイツも、本当に偶然なのか?あれだけセイラに執着してたアイツがここにいないのはなんでだ?とにかく念のため、話を聞いてみたいんだ」
俺はスマホを取り出し、連絡帳からリュウセイの番号を呼び出した。

25

『あー!タイチ!もしかして皆もう解散したか!?俺としたことが寝落ちしちまった!くそ、セイラと近づけるこれ以上ないチャンス』
「リュウセイ、時間がない。お前、天使って知ってるか??」
『…は?なんの話だ?』
「シュウってヤツのこと、本当は知ってるんじゃないのか?ってか…」
タイチは半ばやけっぱちで聞いてみた。
「もしかして、お前がシュウなんじゃないのか?」
そう言うと、一瞬、沈黙が落ちた。
思いつきで行動したが、ハズレだったか、という思いが頭をよぎったとき、
『この俺があんなアホと思われるだけでも虫唾が走る』
ゾクっとするような声だった。
今までのリュウセイからは考えられないほど冷えた声に、タイチは恐怖を覚えた。
『俺の名前はリュウであって、シュウではない。だが、なぜ、お前がシュウのことを知っているのかには興味があるな』

26

『ちょうどいい。コイツがなんかやらかしたのは分かるんだが、口を割ろうとしないんだ。お前、なんか知ってるか』
「…!?お前、今シュウと一緒にいるのか?」
『そうだが?コイツを見つけるために俺はここに来たのだから』
「…ちなみに、どのような関係で?」
『お前には関係ない。で、コイツになんのようだ?』
「俺たちはソイツが何をやらかしたか知ってる。ちょっとソイツ連れてこっちに来れないか?」
『俺たちに命令するとはな…面白い、すぐに行く』
ブツッと電波の切れる音がして、右手のスマホは静かになった。
まもなく、2人は現れた。
…時間にして1分くらいしか経ってないのだが、この白い世界は俺たちの世界の常識が通じないのだろう。気にしたら負け、とタイチは自分に言い聞かせた。
「シュウくん!」
セイラが叫んだ。ようやく会えた探し人なのだから、当然の反応なのかもしれない。だが、恐らくセイラはこの男に何かしらダマされている。それを何となく理解しているはずなのに、心配だった気持ちが勝っているらしい。やはり、セイラはいい子だ。

27

「…なるほど、そういうことだったのか。」
リュウは特段驚いた様子もなく、淡々と伊藤先生の説明を聞いた。
シュウはそっぽを向いて黙っている。
「お前たち、そこの天使も含めて、なんでシュウがこんな行動を取ったか不思議だろう?
だが、俺には分かる。コイツがこんな行動を取ったのは、バカで、自分のことしか考えてないからだ」
「な!言い過ぎだろ、兄貴!」
顔を真っ赤にして抗議するシュウ。
そんなことより、お前ら兄弟だったのか。
「恐らくだが、コイツは管理人の仕事が嫌で、暇つぶしのためにこの星に遊びに来た。そしたら人間が迷い込んで誤って付いてきてしまった。そしてこういう言い訳を考えた。『管理人にした人間が星の砂の力を使って誤って違う星に移動してしまった。自分はその人間を保護するためにこの星に移動しただけ』ってな。」
「なっ…」
図星って顔をするシュウ。
タイチだけではなく、全員がこう思った。
こいつ、最悪だな、と。

28

「ところがこの人間を保護しようとした瞬間に、流星群が発生…ここで宇宙のコピー処理が異常終了した」
「流星群がなんか関係してる…?」
タイチは興味本位でつぶやいた。
「流星群が定期的に星を周遊しているのは、その星をスキャンし、コピーするためだ」
「なるほど…」
「その時の流星群は規模が小さく、被害は最小限に済んだ。だが、異常が発生したのが自分のせいだと理解したコイツは、雲隠れしたんだ。浅はかなことにな。いっぽう、天界は異常終了した原因を調査した。まさかコピーしたたった一つの星が原因とは思わず、しかもそこの管理人が雲隠れするなんて思いもよらず、エラーの特定に時間を要したんだ」
聴けば聴くほどシュウという天使のダメさが明らかになる。

29

「もういい。とにかく、セイラを元の場所に戻さないと、だ。」
伊藤先生が仕切り直すように言った。
「…私、みんなとお別れなんですか?」
セイラは不安そうだ。
「安心しな。お前らの記憶からこの出来事は消える。それに、元の世界もナツコとタイチを始め、みんないるんだ。何も変わりはしない。」
「そうなんですね…」
そう言われてもピンとこないのだろう。だがそれ以上何を聞いても無駄だと悟ったのか、それ以上、セイラは何も言わなかった。
「じゃあ、シュウ、頼むよ」
「…わかったよ」
シュウはセイラの手を引っ張った。
やがて2人の体が宙に浮いた。
「人間たちよ、うちのアホが迷惑をかけた。申し訳なかった。これより、また日常に戻ることになる。私たちはお前たちことを、ずっと見守っているからな」
リュウセイがそんなことを言う。
そして、次の瞬間、とてつもない光量の光が当たりを包み込み、まもなく俺は気を失った。

30

「いやぁ、昨日は全然ダメでした!」
部室で、タイチは昨日の野外活動が失敗に終わったってことを、星野先輩に説明した。
「そりゃそうだろ、この時期になんの流星群が見えるんだよ」
天体望遠鏡をメンテナンスしながら、星野先輩はそう答えた。
「あれ、確か双子座流星群じゃなかった?」
これはナツコの弁。タイチは青ざめた。それは言わないでほしかったのだ。
「おい、タイチ、ボケたのか?双子座流星群がこの時期に見えるわけないだろ。なんだって昨日見ようと思ったんだ…あ、下心か。」
「誤解です、センパイ!」
世界が障害を起こしてたからです、とは言えないタイチだった。
「あんたは不合格だよタイチ」
「いやこのタイミングで言うなよナツコ!」
「よくわからないですけど、気を落とさないでくださいね」
「優しさは沁みるけど、お前に慰められるのが一番キツいのよ、セイラ…」
そんな感じでワイワイしてると、
「こんにちわ!今日も楽しそうですね!」
「あ、リュウセイ!」
「いや、今日はやたらその名前で呼びますね、タイチくん。僕の名前はシゲオですよ。まぁ正直リュウセイだったらいいな、とは思いますけど」
苦笑するリュウセイ。丸メガネが様になっていて、優等生といった佇まいだった。

31

「おいーっす、やってるかー?」
伊藤先生が入ってきた。
「あれ、今日はなんのようですか?」
星野先輩は、純粋に疑問にうかんだ!って感じたった。
「一応顧問だからな。タイチ、どうした?」
「なんで…」
「お?」
「なんで俺だけ記憶がのこってんだよぉ!」
あっれぇ?という顔の伊藤先生。

32

とにかく世界は日常を取り戻した。
伊藤先生は今までどおり先生だし、天文部も5人そろってなんとか活動できている。
そんななか、タイチはあの時のことが頭に鮮明に残っていた。
「…別になにか困るってわけじゃないけど、もう世界の見方が変わっちゃったよ…」
自分の部屋で頭を抱えるタイチ。
俺は、ただ星の好きな純粋な少年だったはずなのに…まさか星の向こうに、こんな世界があったとは。
伊藤先生曰く、記憶がなくならない理由がわからないそうだ。自分たち天使にとって、人間の脳みそを操ることなんてスーパーイージー。やな話だが、ともかくタイチの記憶操作ができない理由は、本当に謎、らしい。

33

「タイチ、引きこもってないて外て遊びなさい!」
突然どーんっと自室に入ってくる母親。
「いきなりやめろって、いつも言ってるだろ!」
「あんた、またその砂で遊んでんのかい!」
「いいだろ!これより大切なものなんてないよ」
「はい、反抗期」
「お前ホントうぜぇぇええ!」
もう、と、机に体を向けかけて、…やめた。
「なぁ、この星の砂って、めちゃくちゃ希少価値が高いんだよ」
得意げにオカンに自慢してみた。
「そんなものに価値があるわけないでしょ!」
「なに言ってんの、これはな…」
「どこぞの天使になんか話吹き込まれたんだろうけどね、所詮ただの砂よ、砂!」
「え…?」
「とにかく、あんた部屋にこもってたってだめよ!さっさて出てけ、一人暮らししろ!」
「なんなんだよアンタ!」
結局、自分の世界は変わらない。
そう思ったタイチであった。

おしまい


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