03.入院前検査はまるでスタンプラリー
手術にするか、検査にするか、延々と悩み続けるという生産性のない時間が終わり、K先生は幾分ほっとしたように見えた。それでは、と入院と手術の段取りを進める。
「いつにします?」
まるで遊びに行く日を決めるかのごとく軽いノリでK先生がたずねる。しかも、決死の思いで決めたというのに、展開早いな。
「え?いつでもいいんですか?」とわたし。
「そうですね。えーと…手術の空きがすぐはなくて、早くて10月の最初の週かな」PCで手術室の空きを見ながら先生が言う。
この日は9月の中旬、春から続いた楽しいスケジュールの数々だが、まだ9月の末と10月の頭に残っている。これは、絶対遂行したい…!
「すぐすぐはちょっと仕事(というよりプライベート)の関係で避けたいので、来月がいいです。2週目でもいいですか?」
「いいですよ。では、10月11日に入院してもらって、13日に手術でどうでしょう?」
わたしがこれにうなずくと、「今日このあと、入院前の検査を受けて行ってほしいんですが、お時間ありますか?」
えぇ!?今日これから!?おなかが空いたとか、疲れたとか、もちろんそれもあったけれど、早く誰かに報告したかった。こんなに重大なことを、一人で抱えているのは重すぎる。誰にも相談できないまま、いろいろなことが決まっていく不安。仕方ない。仕方ないけれど…。
心の中でごねまくったが、改めて来るのも面倒なので検査を受けていくことにする。診察が終わり、外のベンチで待っていると看護師さんが来て、入院や手術、入院前の検査について説明してくれた。外面の良さと相当ハイレベルなコミュニケーションスキルを持つわたし、笑顔で、時に冗談を言って看護師さんを笑わせながら、サクサクと話を進める。さも「こんなこと、なんてことないですよ」という風に。
いくつかの書類に署名をしたあとは、そのまま入院前の検査を受ける。まずは歯医者さん、それから血液検査、尿検査、レントゲン、肺活量、あとは何をしたんだっけ。スタンプラリーのように、次はあちら、今度はこちらと、ぐるぐる巡っているうちに疲れはどんどん溜まっていく。ようやく検査を終えた頃はすでに夕方にさしかかっており、病院内に残っている人もまばらだった。黄昏時にがらんとした広い病院にいたことと、検査の疲れ、終わりが見えて気が抜けたことで、急に不安に駆られた。K先生に二択を提示されてからずっと、泣きそうな心をだましながら過ごしていた。それもこれも、わたしはこんなことで動揺しない、看護師さんを困らせてはいけないというなぞのプライドによるものである。でも、このプライドがなければ、きっと検査を終わらせられなかったとも思うのだ。
あとは会計だと思った途端、ぴんと張りつめていた気持ちがゆるんだ。ゆるんだところで待ち構えていたのが「入院手続き」。まじか。完全に忘れていた…。
総合受付の横にある小さな部屋が、入院手続きを行う場所だった。銀行のローカウンターのように個別ブースが3つある。すっかり人がいないと思っていたのに、ここは賑わっていて、ヘロヘロなのに待たされることになった。追い打ちをかけてくるじゃないの…
ややしばらくして呼ばれる頃には、すっかり不機嫌なわたしができあがっていた。今日一日保っていた、愛想の良いキャリアウーマン風の自分はどこにもいない。笑顔も覇気もなく、今にも泣き出しそうなわたし。自分でいうのもなんだが、今思い出してもとてつもなく可哀想で同情してしまう。
事務スタッフさんから入院にまつわるあれやこれやを聞く。例えば、入院するにあたり健康保険限度額適用認定書を持ってくるようにだとか、コロナ禍のために面会ができないこと、個室を希望するかどうか、タオルなどのレンタルが必要かどうかなどだ。
一通り終わると、今度は看護師さんにバトンタッチするという。事務的説明だけで終わるかと思いきや、終わらなかった…。しかも、ちょっと待たされるし。待たされることがとにかく嫌い(ご贔屓の入出待ちを除く)なわたしにとって、これは相当堪える。ストレスは限界をすでに超えており、説明に来てくれたどこまでも優しい看護師さんに八つ当たりのような態度を取ってしまった。申し訳ない…。ちなみに看護師さんから説明されるのは、主に治療にまつわることで、ジェルネイルはオフしてきてねだとか、エクステはNGだとか、手術の麻酔によって危険な動きをしてしまう場合は手足を拘束するだとか、そういう話だった。
ようやく終わった頃にはすっかり日が傾いて、夜の気配がすぐそこまで迫っていた。会計をしつつ、ようやく各所に報告ができることに喜んだ。パートナーに連絡して迎えを頼み、車を待つ間に母へ電話報告する。疲れて悲しい気持ちごと一気に話す。驚いていたけれど、電話上はそれなりに穏やかに終わった。(電話上はいつもそうだが、実際一睡もできないレベルでいつも取り乱している。)
外に出ると、パートナーの車が見えた。駆け寄って助手席のドアを開けると、置かれたリュックの中からデデン(デデンネ)が覗いている。ものすごく可愛くて、うれしかった。
どうせ翌日出社するのだが、総務と上司に連絡をして、長い一日がようやくおわった。
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2022.09中旬のお話です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
よろしければ、また別の記事でお会いしましょう!
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