[2024年版・直接取材]なぜ昭和バスは減便や値上げを繰り返すのか? -利用者が知るべき事情とは-

2023年12月22日、昭和バスは2024年2月1日から九州大学線の運賃変更を行うことを発表した。2021年に引き続いて行われた値上げであり、2022年のダイヤ見直しに伴う減便と合わせてSNSでは学生中心に様々な意見が見られる。

利用者の中心である我々学生にとって運賃の値上げや利便性の低下は死活問題であり、到底受け入れられるものではないだろう。しかし、事業者への直接取材を通して、事業者の責任とは言い難いバス事業の経営環境の厳しさが見えてきた。

2021年の運賃値上げ時も、Twitterを中心に事業者への批判が相次いだ。特に当時はバス事業者の経営状況の厳しさに関する利用者側の理解が薄く、憶測による意見も多かったことから、弊団体では、地域の移動課題を考える学生団体として事業者への直接取材及び記事執筆を行なっている。その結果、事業者の判断に理解を示す声や、事業者だけでなく地域全体でこの問題に向き合うべき論調が見られるようになった。

今回も、バス事業者が抱える問題について広く知ってもらい、多角的な視点での議論のきっかけになるべく、昭和バスへの直接インタビューを実施した。

※本インタビューは学生団体Moblity Laboratory / モビラボにより実施したものです。昭和自動車(株)乗合事業部の担当者様におかれましては、突然の取材の申し込みを快諾していただきました。この場を借りて御礼申し上げます。今回のインタビューは、2023年10月19日にオンラインにて、昭和自動車様から2名、弊団体から2名の計4名で行いました。なお、本記事は昭和バスの広報活動ではないこと、弊団体の金銭収受はないことをここに記します。
 
※弊団体では、2021年までの昭和バスの運賃変化について以前記事を作成しております。関心のある方は合わせて一読ください。


運賃変更の概要

運賃の変更

今回の改訂で実施される運賃の変更の例は以下の通りである。

「九大学研都市駅←→九大構内各バス停(桑原地区)」▶︎ 330円
「九大学研都市駅←→伊都営業所」▶︎ 390円
「九大学研都市駅←→泊北口・国際村前・仏青寮前」▶︎ 410円
(九大構内までの料金は30-110円の値上がり)

一方で、値下がりとなっている区間も存在する。
「九大学研都市駅←→産学連携交流センター・西消防署元岡出張所前・元岡・山手」▶︎ 280円
九大新町付近に住んでいる学生にとっては、駅からの運賃が実質値下げとな
った格好だ。

この価格設定が高い・安いという議論もあるが、公共性の高いサービスということで、利用者の過度な不利益とならないような仕組みのもとで設定されている価格であることを前提にしなければならない。
というのも、路線バスの運賃は、バス会社が運賃の上限を設け、国に認可された場合その上限まで間で柔軟に運賃の設定ができるという、「上限運賃制度」に基づいて策定されているからだ。
今回の運賃変更は、当該路線で認可されている「上限運賃」の範囲内で行われた。

※ 詳しくは、2021年の記事を参照


九州大学構内の100円均一区間を160円に変更

これまで100円均一となっていた、九州大学構内(桑原地区、協奏館、伊都営業所、産学連携交流センター、西消防署元岡出張所前含む)の区間が160円へ変更となった。

もともとこの「学内100円」は、大学関係者が学内を円滑に移動できるよう割安に設定した運賃だった。しかしながら、学内移動は学内循環バス「aimo」がその役割を担うこととなっており、実際に昭和バスの学内利用もかなり数が限られているため、昭和バスが設定している初乗り運賃への変更となったようだ。

回数券の販売終了

「九州大学線専用区間指定回数券(11枚3,000円)」「九州大学線(糸島)専用区間指定回数券(24枚4,000円)」の販売が終了される。通学頻度が高くなければお得感の低い定期券の代わりに、こちらの回数券を愛用していた学生も多いのではないだろうか。運賃値上げとともに大きなインパクトがありそうな変更点である。
※ 回数券を持っている利用者は販売終了後も引き続き追加料金なしで利用可能。

なぜ昭和バスは減便・値上げを行うのか? - ポストコロナのバスを取り巻く変化

収支の悪化

新型コロナウイルスの流行以降、社会全体で『移動』を控える動きが急速に拡大し、各交通機関が利用者の大幅な減少につながった。パンデミック終息後の、いわゆる「ポストコロナ」においても、移動需要の戻りは緩やかであり、コロナ以前の利用率に戻らないと言われている。

九大線では、コロナ禍で完全オンラインに移行していた際に乗客が大きく減少した。その後、段階的な対面授業の復活に伴い、2023年10月現在で「利用者はコロナ前の8割近くにまで戻ってきている」と昭和自動車の担当者は述べる。一方、昭和バスでは、未だに戻ってこない残りの2割の乗客はすでに自転車やバイクなどの他の交通手段に移行している推測しており、実際に運転手からも「自転車の利用が増えている」との声が上がっており、今後も戻ってくることはないとの見方を示している。

そのため、本来なら、便数をコロナ禍以前の水準まで戻すところだが、「九州大学線は現行の運行本数と運賃で収支が均衡する状況であり、これ以上運行本数を増やすと赤字になるため増便には慎重にならざるを得ない」という。

また、経費の膨大も深刻だ。特に、大きな割合を占める燃料費は世界情勢に大きく価格が左右され、今年は大きく高騰した。燃料費以外でも物価の上昇が続いている。現在は政府からの補助金があるため影響は小さいが、この補助金が底をつけば「さらなる燃料費の高騰につながる可能性がある」と昭和バスの担当者は危惧していた。

深刻な人手不足

昨今、日本全国であらゆる職種の人手が不足している問題は、多くの人がニュースなどで目にしているだろう。昭和バスにおいても人手不足は例外ではなく、2022年4月には運転手不足を理由にバスの減便を行った。新規採用を積極的に行ってはいるが、入ってくる人数以上に退職していくのが現状であり、運転手数は右肩下がりだ。また、運転手のコロナやインフルエンザへの感染、体調を崩した長期休業者の存在もあり、これまでの便数を維持することが難しくなってしまったという。さらに、昭和バスに在籍する運転手の平均年齢は55歳であり、運転士の高齢化が進んでいることから、今後ますます運転手数は減少していくことだろう。この問題は九州大学線の運行を担当する伊都営業所だけではなく、昭和バスの全営業所が抱えている。また、人手不足は運転手だけの問題ではなく、バスの整備を工場で行う整備士の不足も深刻だ。

「2024年問題」もこの状況に拍車をかけようとしている。2024年問題とは、トラック、バス、ハイヤー・タクシー等の自動車運転従事者について設けられている労働拘束時間の上限や休息期間が2024年4月1日から改正され、厳格化されるというものである。この改正に伴い、運転手の1日の勤務時間が短くなることからさらなる人材の確保が必要になってくる。

昭和バスの担当者は「運転手の確保に向けて、他の会社とも解決策を模索しているが、解決策が分からない状況だ」と話す。昭和バスではこれまで、バス運転手になるために必要な二種免許の取得補助制度や、高卒の運転手を採用して3年間現場教育を行う養成運転手制度なども採用しているが、抜本的な解決にはつながっていない。「国や自治体が補助金を出すといった思い切ったことをしてもらわないと、会社として賃金を上げることは経営状態的に厳しい」と昭和バスの担当者は訴える。それでも運転士不足を解決するために、賃金の値上げや設備投資を行なっており、そのための収益確保は必要不可欠である。

大学への輸送という特殊性

大学輸送を主とする九州大学線は、一般的なバス路線と比べて需要が偏りがちだという特性がある。これが問題となるのが運転手の勤務繰りである。例えば、ピークアワーには運転手を多く確保する必要があるが、オフピークには運転手の待機が発生してしまう。そのため、運転手を効率よく活用し尚且つ収益を上げるために、日中時間帯は観光地として知名度が高まっている西の浦・二見ヶ浦方面のバスを運行することで、夕方のピーク時間帯に合わせて待機している運転手を活用している。

また、最終バスは九大学研都市駅を23:52に出発(平日のみ)しており、これは福岡市内でも1、2を争う遅さである。夜遅くまでバスの運行が必要であるため、運転手の休息時間確保のために朝の運行開始時間が遅くなっている。

昭和バスの取り組み-地域路線バスを元気づける道筋とは?-

利用者増加への取り組み

一方で、昭和バスも利用者の増加、利便性の向上のために奔走している。
その例の一つが2023年から販売が開始されたMy route乗車券である。これは、12時間昭和バスの九州大学線に乗り放題となるデジタルチケットであり、料金は500円である(2024年2月1日以降は18時間(実質始発から最終まで)乗り放題で料金は550円へと変更)。このMy route乗車券は既存の回数券の置き換えとともに、利用客の利便性向上を目的としている。既存の回数券は、紙の印刷代や回数券を販売する窓口の運営も合わせて150万円ほどの費用がかかっていた。昭和バスとしては、費用のかかる回数券を廃止(実際に2024年1月31日を持って廃止)して、「既存の回数券利用者をMy route乗車券へ移行させたい」と考えている。全利用者に占める割合が7%と認知不足が否めず、決済方法もクレジットカードのみと全ての学生が利用できるものではないという課題もあるが、今後も販売を継続していく方針だ。

さらにバスに依存しない交通の形を模索し、MaaSにも積極的に取り組んでいく。MaaS(マース:Mobility as a Service)とは、地域住民や旅行者一人一人のトリップ単位での移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービスのことを指す。バス交通に依存せず、様々な交通手段を連携させることで利便性の低下を補っていきたい構えだ。

発展途上のまちづくりへの期待

九州大学線の沿線のまちづくりは発展途上だ。実際に学園通線沿線では今まさに開発の最中である。昭和バスの担当者は「将来的に糸島を含めた広い地域で、九大を中心とした学研都市が構築され、人々が定住し、発展すると信じている。その時に街を支えるインフラとしての役割を果たせるように、その時までバス事業をなんとか存続させていきたい。」と語る。

最後に

ここまで、昭和バスを取り巻く厳しい運営状況について紹介してきた。そもそも地域路線バスの経営環境の悪化は昭和バスに限った話ではなく、全国的に問題になっていることである。事業者単独での努力で改善が見込めるような簡単なものでもない。

インタビューの中で、九州大学線は、そこからの利益ではなく、他の路線の利益によって維持されていることや、バス事業全体もまた他の事業での収益によって穴埋めしながら維持されているという事実もわかった。通常の民間企業であれば赤字で撤退するが、街のインフラとしての機能を果たすべく、維持を続けているのだ。

確かに、運賃の値上げや減便は我々利用者にとって受け入れ難いものである。しかしながら、これらの状況を踏まえると、事業者を一方的に批判する風潮や、大学による一方的な事業者への利便性向上に関する要望などは、正しい構図とは言えないのではないだろうか。

むしろ、大学や利用者である我々も一緒になってインフラを維持できる在り方を考えていく必要があると強く感じた。とともに、教職員の自家用車による乗り入れを制限したり、学内循環バスの運行形態を見直すなど、抜本的な仕組みの検討が必要である。

最後に、昭和バスは「利用者である学生の皆さんのご不便は重々理解している。毎回の判断は大変心苦しく苦渋の決断だが、それでも公共交通機関としての役割を全うするために、収益面では苦しい状況下でも、路線維持のための努力を続けていきたい」と話した。

取材/編集 楢木太一





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?