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【MOOV,8cases】大阪のものづくりの今を知る、8ケース
※この記事は、2012年10月10日に発行された内容です。
下町のちょっとした感動ネタから、ここにしかないスゴ技、
人が集まりコラボが加速する場所まで大阪のものづくりの今を知る、
8ケース。
■いにしえの製鉄法「たたら」を通じてチャレンジ精神を養い、人づくりを実践する
<Case1:人>
大阪府立堺工科高等学校(堺市堺区大仙中町12-1)
この夏、大阪府立堺工科高等学校では、課題研究「砂鉄から刃物をつくろう」班の生徒達による「堺工たたら」が開催された。
2007年から始まり、今年で6回目を数えた。
「たたら」は砂鉄からつくる日本古来の製鉄法で、できあがる鉄の塊は「鉧(けら)」と呼ばれ、初回は14kgだった
鉧も、2011年は92kgも取り出すことができた。
夕方4時から次の日の朝6時まで掛けて砂鉄から鉧を生み出す工程は観光の一環として一般見学・体験も可能。
生徒たちは後日、この鉧を鍛錬して鋼へと育て、最終的には包丁を完成させるところまで行うという。
このイベントは鉧を作るだけではなく、教育的意味合いも大きい。
そのカギが堺市ものづくりマイスターであり伝統工芸士でもある匠 味岡 知行 氏だ。
堺刃物を作るプロフェッショナルとして、現在は後進の指導に当たっている。
「手作業で砂鉄から鉧を作るなどという経験は、手間が掛かりすぎて、学校現場でのこの規模の古代たたら操業は、ここ堺工でしか見られないと思いますよ」と味岡 氏。
教育的視点から見ても、砂鉄から鉧を生み出す経験は「人づくり」にぴったりだという。
同校の教員・笠井先生は、「普段の授業では見られない生徒たちの目の輝きを感じますね。与えられることに慣れてしまっているのが今の子どもたちの現実なのですが、この「たたら」に関しては、どの子どもたちも味岡先生に一度言われたことは、2度目以降は自発的に行うようになるんですよ。社会の先輩に教わるという機会が、学びたいという気持ちに火をつけるのかもしれません。夜中もほとんど寝ることなく炉の見張りをして疲れているはずなのに、子どもたちは時間が経つにつれてイキイキしてくるのには驚くばかりです」と、「たたら」が子どもたちの成長や教育に大きく寄与していることを実感している。
今年で6回目を迎えた「堺工たたら」をサポートし続けている味岡 氏。
「たたら」では生徒たちの心の中に「ものづくりのハート」を育むとともに、ものづくり独特の達成感を味わって欲しいと考えている。
「この鉧を使った包丁が完成した時には、世界にひとつの宝物になるはずです。自らの手で作った包丁はオンリーワン。ものづくりを通じて、オンリーワンにチャレンジする精神を養うことができれば、こんな嬉しいことはありません」と味岡 氏。
実はこのイベントを最も楽しんでいるのは自分自身だ、ともおっしゃっている。
「実は堺工は私の母校で、母校の生徒は自分の子どもも同然。彼らにものづくりの素晴らしさを伝える機会をいただけるのは、私の人生の中で最高の幸せですよ」
2012年は7月27日~28日にかけて開催された第6回では、鉧の質の向上をめざした結果32kgの鉧を取り出すことができた。
ぜひ次回の「堺工たたら」に参加し、伝統的な製鉄法を目の当たりにしながら、生徒たちのものづくりに賭ける情熱を体感してみてはいかがだろう。
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■金型保全技術者養成講座で日本のものづくりを守る
<Case2:技>
明星金属工業株式会社(大東市野崎4-5-12)
自動車メーカーが生産拠点を置く北部九州地区の大分県で「プレス金型保全技術者育成基礎講座」が3年前に始まった。
金型保全とは、プレス生産を繰り返すうちに劣化、故障した金型を修復すること。
保全には手作業の溶接、研削、研磨など高い技術レベルが求められるため、金型メーカーの少ない九州地区では、遠方の金型メーカーを頼っているのが現状だという。
受講者は、プレス金型を使って自動車部品を生産する部品メーカーの金型技術未経験者。
域内で金型技術者を育成することで、自動車生産の「地産地消」を図る狙いがある。
2007年に大分県に進出した縁で、この仕組みを提案し、カリキュラムも考えたのがプレス金型メーカー、明星金属
工業の上田 幸司 社長だ。
同社は、自動車のドアやボンネットなどボディ一部品用のプレス金型生産が主力で、付加価値の高いものづくりにこだわってあえて国内で生産を続ける。
日本で生産される自動車は高品質車種に絞られてきており、金製にはミクロン単位の高い精度が求められるという。
「プレス金型はプレスをすればそのまま金型通りに製品ができるとは限らない。出来上がりを見て、どの工程をどう変えればめざす製品形状になるか修正を繰り返しながら完成させていく。さらに最後のミクロン単位の修正は手仕上げでないとできない領域がある」と代表取締役の上田 幸司 氏。
対応できるのは、ハイテク技術・設備だけでなく汎用機械の操作にも熟達し、経験を積み重ねたベテラン技術者だけだ。
この技術・技能力こそが日本の金型メーカーが今後生き残っていく砦になると考え、社内でも技能者養成に力を注いでいる。
上田 氏が保全金型の技術者養成に着目する他の理由がある。
「お客様の生産活動に金型保全を通じて貢献し、その結果を今後の金型新作ノウハウとしてフィードバックし、生産設備としての金型技術を向上させて行きたい」との思いだ。
同社では海外数力所で各地の自動車メーカーの工場に金型保全要員を派遣しているが、「海外型メーカーの型を改修することで、金型技術レベルを肌で感じることができる。その中から日本の金型技術の優位性を探り、自社の金型づくりの方向性を模索している」
金型コスト・品質だけではなく、生産品質、生産効率を含めたトータルの付加価値提供こそが、日本のものづくりの生きる道と、技術者養成の必要性を説く。
開講3年目の今年度は、より実践的なカリキュラムに取り組んでいる。
受講している部品メーカーの工場に出向いて、実際に生産不具合が生じている金型を題材に、修正する経験を積むことで技術を体で覚えさせようとしている。
講座に参加する企業の4割は大阪から進出した企業ということもあり、上田 氏は「部品メーカーと連携しプレス金型に限らず、業種や自治体エリアを越えて広く日本が強みを持つものづくり技術を伝承する仕組みを作れないか」と考えている。
「大阪の、ひいては日本のものづくりを守るために」
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■ゆるキャラを活用して業界の固定概念から脱却
<Case3:人>
大洋製器工業株式会社(大阪市西区千代崎1-10-2)
大洋製器工業株式会社は、港湾や建築・土木現場の吊り作業で使用するシャックル・フック・リング、固縛金物など
の総合メーカーである。
同社の「ツイストロック」は、コンテナ同士を固定し、流出事故を防ぐ製品として世界標準で普及している。
硬い体質の業界と思われがちだが、会社の取り組みは柔軟で独創的。
注目すべきは社員の落書きが発端で生まれたゆるキャラ、“シャックル犬オーティー”の存在だ。
ホームページや展示会などに登場させ、会社のPRに活躍。
さらに社員からの発案で、玉掛け作業に関わる人たちの情報コミュニティサイトも立ち上げた。
そこでは“萌えキャラ”も登場している。
「危険が伴う作業だからこそ情報交換を促したい」と意気込む、代表取締役社長 岡室 富夫 氏。
「ユニークなアイデアの数々は、社員から自然発生したもの。やる気のある社員につられて、他の社員たちのモチベーションも上がります」
今や幹部候補に志願する社員も多いという。
同社の革新はこれからも続くだろう。
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■社是を個人目標まで落とし込み、技術伝承のモチベーションに
<Case4:人>
株式会社北海製作所(岸和田市臨海町7-4)
液体や粉体を貯蔵するタンクや各種プラント、圧力容器の端面に使用されている曲面の特殊形状部材「鏡板(かがみいた)」の製造などを行う株式会社北海製作所。
代表取締役社長の林 孝彦 氏は「基本的に単品生産という究極の多品種少量生産な上、固い鉄を曲面にするという特殊形状加工が当社の事業。ものづくりに関する技能伝承は当社の大きなテーマなんです」と語る。
同社では技能伝承をスムーズに行うために、社是を具体的な活動に落とし込んだ全社目標から各社員が自分の個人目標を設定し、それを全社員で共有する仕組みを構築した。
「個人目標を介してリーダーと社員のコミュニケーションを活性化させることで、日常業務の中でも技術が伝承され
る社内制度の構築をめざしています」と取締役工場長の川崎 俊光 氏。
近年は神戸・長田にある鉄人28号の像をはじめ、モニュメントやアート作品を制作する景観事業にも取り組むなど、鏡板製造技術を応用してビジネスの幅を広げている。
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■科学技術とものづくりをつなける未来の起業家を育成!
<Case5:人>
大阪大学e-square(吹田市山田丘2-1)
大阪大学のベンチャービジネスラボラトリー(VBL)が、2012年春、阪大e-squareとして新たにスタートした。
新たな役割は、科学技術系アントレプレナー教育を主眼とした基礎セミナーや異分野融合カフェの開催をはじめ、ASG(Angel Student Grant)として、アイディアコンテストによって選ばれたグループの活動フォローなど。
現在活動しているグループの中のひとつ「Robohan(ロボはん)」は、2013年6月に開催される「NHK大学ロボコン(ABUロボコン)」での総合優勝をめざしている。
学生たちは本気で優勝をめざすべく地元大阪のものづくり企業とのコラボレーションを選択した。
白羽の矢が立ったのは3次元超音波センサーで実績がある株式会社プロアシスト。
開発主体は学生で、プロアシストの役割はバックアップ。
代表取締役の生駒 京子 氏は「あくまで学生の自律的な思考を最優先し、いきなり答えを教えるようなことはしません。考え抜いてもらっています」と語り、総合優勝をめざす学生たちの熱い想いを受け止める。
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■「MPDP」がヒット商品を生み、人を育てる
<Case6:人>
株式会社エンジニア(大阪市東成区東今里2-8-9)
プロフェッショナル用工具メーカーの株式会社エンジニア。
製品アイテム数は1,000を超えており、しかも10年で115万本を販売した「ネジザウルスGT」や「鉄腕ハサミGT」といった独自性あふれるヒット商品を国内外で販売している。
「当社の製品づくりはマーケティング、パテント、デザイン、プロモーションという『MPDP』を意識して製品開
発を行っています」と、代表取締役社長の高崎 充弘 氏。
特に知財管理を表す「パテント」の面では、社員が約30人にもかかわらず、営業担当を含む6名が知的財産管理技能検定に合格している。
独創的な製品開発や海外展開を視野に入れるなら、中小企業にとって知財管理の弱さがボトルネックになっており、開発段階からの検討が必須だと語る高崎 氏。
「知財を含め『MPDP』を意識すれば、ものづくりのプロセスは確実に変わる。発明を経営に活かせるようになり、
結果として自社商品のブランディングにつながるんですよ」
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■「人育て」は「自分育て」日常が人を育てる
<Case7:人>
株式会社ジェイエムピー(高槻市塚原5-20-10(高槻夢考房))
射出成形や金属粉末積層造形などの技術で、自動車部品をはじめとした精密部品の試作品や金型を製造するジェイエムピー。
世界でも数少ない装置や機械を巧みに使いこなす高い技術は、日本のみならず世界中から注目されている。
そんな同社の人材育成は、代表取締役である塚 正喜氏の「「人育て」とは教えるのではなく、相手が気づくまでじっと待って感じてもらうこと。手取り足取り教えるのとは違う」という考えにもとづいている。
2009年に来日し、ジェイエムピーで働きながら日本で活動するイタリア人アーティスト、ジャンルーカ・サンヴィード 氏も、塚 社長の「人育て」によって花開こうとしている一人だ。
2010年「第2回平安神宮アートコンペ“神々への捧げもの”」展において「NelSSilenzio」という作品で最優秀作品賞を受賞。
「人の良い部分を見つけて伸ばしてあげれば、それがいつか自分の身に返ってくる。『人育て』とは自分自身を成長させること」と語る塚 氏の人材育成に対する情熱は尽きない。
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■よりよい“もの”をつくる、よりよい“人間関係”をつくる
<Case8:人>
フロンティア産業株式会社(門真市江端町6-7)
掃除機や空気清浄機、自動車、住宅換気システムなどで使われているフィルターを斬新なアイデアとともに世に送り出しているフロンティア産業株式会社。
同社では、営業担当者が自分で試作品を作って顧客に提案している。
技術的なことを理解しているので顧客から相談を受けた時に即答できる、それが強みだ。
「家電メーカーは製品開発のスピードが速く、こちらもそのスピードに負けないように開発する必要があります」と社長の小田島 進 氏は語る。
よいものづくりはコミュニケーションからと、社内での人間関係づくりにも配慮している。
品質管理グループのリーダー小田島 洋史 氏は「小集団のチーム制を導入し、仕事や人間関係について相談がしやすくなるようにしました」と語る。
会社の方針説明会では、パート社員にまで経営情報を開示して意思統一に努めている。
コミュニケーションしやすい体制と情報開示。
“風通しのよい”風土が、躇進の原動力になっている。
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■編集後記
ものづくりをしている会社が羨ましく思えたことがあって「いいですね。仕事が形になって、それにくらべ僕たちの仕事(広告代理店勤務時代)はやり遂げてもその瞬間、無くなってしまいそうで」と言ったら、「なに言っているんですか。ものがたりを作っているでしょ」と言われたのを覚えています。
「ものづくりの前に人づくり(本文は、人そだて)」どんな業種業態でも同じ原理原則があると思います。企業は人とともに成長する。常にこのことを言動の中心に据えて、長く続く愛される企業をめざしたいと思いました。(浅野)
■スタッフ
企画・編集
株式会社ファイコム
編集長
浅野 由裕(faycom)
写真
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アートディレクター
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ライター
清野 礼子/中島 公次/中直 照/山口 裕史
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2012年10月10日発行
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