ビジホ朝食ビュッフェでくよくよする
猪五郎は朝から呪っていた。
ビジネスホテルのビュッフェ朝食会場。
まさか中国人団体客がいたなんて。
観光地でもない地方都市、平日なのに。
建物内の雰囲気が静かだったのですっかり油断してしまった。
トレイを渡され朝食の列に並びながら、猪五郎は自分の油断を呪っていた。
ビュッフェのときは、
まず『朝食会場のレイアウト~料理の全体像を把握してから、狙いの列に絞って並び直す』
が猪五郎の見つけた真理(ダルマ)なのに、
今日はホテルの係員に入店時から列に並ぶよう指示され動線を固定されてしまった。
前後を大柄の中国人にはさまれてしまった。
ビュッフェ時の中国人の勢いはすごい。
これが世界経済の覇権を狙おうとする勢いなのか、
いや、このビュッフェの勢いがあるから今の繁栄を築けたのか。
目の前の中国人は最初のサラダコーナーをほぼスルーし、次のお惣菜コーナーになるとなりふり構わずどんどん自分の皿に積んでいく。
この後の第3コーナー、第4コーナーにどんなステキな相手が待ち構えているか分からないのに。
味が混じるのも恐れず、どんどん皿に積み上げていく。
おそらくその前にいる中国人も、その前の奴も同じ調子なのだろう、
列が進まず後ろが渋滞していく。
猪五郎は立って待っているだけだが、すぐ後ろのやつが手を伸ばし猪五郎の前にある皿に手を伸ばしていく。
あおり運転。さすがに朝食時にドライブレコーダーはつけていない。
この中華パワーの外圧に加え、
この先のラインナップが分からないまま自分のおかずをスカウトし、スターティングメンバーを組み立てるというチーム作りをこなさなくてはならない。
平和なビジホの朝食がこんな戦場と化すとは。猪五郎はおののく。
自らの戦いを続けつつ、猪五郎は列の先のほうにいる日本の同胞も気がかりだ。
上品そうな老夫婦。朝からきちんと着替えてハットまでかぶっている。
そして猪五郎同様、この混迷に巻き込まれてしまったことに戸惑っている様子だ。
高齢者がトレイを持って食べものの列に並んでいるのは見ていてつらい。
歯噛みする猪五郎。
(習近平を恨むつもりはない、しかし…)
大皿からおかずを取るだけですらこの渋滞だから、
最後の難所=「ごはんとみそ汁をよそう」ゾーンだとさらに列が滞る。
小さな老夫婦が太った中国人たちに押しつぶされないだろうか。
そんな惨事が起きたとしても、岸田内閣は相手国に対して毅然とした態度はとってくれはしないだろう。
残念だが、猪五郎は自分の戦いに精一杯で、老夫婦に加勢する余裕はとてもない。
…苦闘15分(体感的には1時間)、猪五郎はなんとか騒がしい中国人テーブルから離れたカウンター席を確保することができた。
「列の先になんのおかずがあるか分からない」というプレッシャーのなかで、猪五郎の生来の慎重さ(臆病さ)が出てしまい十分な戦果はあげられなかった。
序盤戦からもっと積極的にいくべきだった。
いつもそうだ。猪五郎のくよくよが発動しかける。
まあいい、普段食べないようなおかずを数品確保することができた。
…しかし!
卓上に調味料がない!
料理と一緒に並んでいる調味料はそのときにおかずにかけておかなければならなったのだ。
列はいまだに並んでいる。
調味料をとるだけとはいえ行列に割り込むことははばかられる。
そうは言っても同じアジアの仲間だ。軋轢は生みたくない。
(中国語でなにか言われたらビビる)
仕方ない。小さなお椀にはいった湯豆腐を醤油なしで食べる。
猪五郎(いや…むしろ醤油に頼らないほうが出汁のうまみと豆腐本来の味を感じることができる)
猪五郎(そんなわけない、お湯につかった豆腐の味しかしない)
湯豆腐なんてもともとおかずとしての戦闘能力は低いのに、そのうえ醤油がないとは…。
かつて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と謳われ栄華を誇った我がニッポン。
それがいまやこんな小さな国になってしまったのか…。
猪五郎は早々に食事を終えて席を立った。
そうだ、あの老夫婦はどうしたろうか…。
無事に生きているだろうか?
…いた。4人掛けの席にふたりで座り、老紳士はハットをかぶったまま、
二人ナイフとフォークで上品にパンとスクランブルエッグを食べている。
周囲の騒々しさを話題にしているのだろうか、寡黙ながらときどき笑いながら食事を楽しんでいるようだ。
猪五郎は敬服する。これぞ昭和を生きぬいたたくましさ。
そうさ、日本はまだ終わっちゃいない。
がんばれニッポン。誇りを胸に抱いて。
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