夏になると書きたくなるやつ

自分のものではない骨と筋に手のひらを沿わせて、ひんやりとした弾力のない薄い肌、その奥にとくとくと流れる仄暗い血を、ただ黙って感じている。他人のからだに触れるというのはなんて贅沢なことだろう、と嘆息した。今ここに確かにあるのは自分のからだだけ、思考なんていうのはこじつけとトラウマに基づき「過去」と「将来」という虚像を作り出すだけの消費行為でしかない。8月の正午は水飴のように重くどっぷりと窓の外にあふれているけど、きんきんに冷やされた室内でブランケットに包まり窓から眺める夏は、蝉の焦げた声やまとわりつく熱風、陽ざしに炒られた緑のかおり、そういったあらゆる官能が綺麗に抜き取られて、鼻白むほど透明な光にみちみちた、他人事の青春といった様相だった。
「出かける?」
誰のためにもならない、本人でさえ実現してほしいと微塵も願っていない提案は、相手の間延びした「うん」にやわらかに絆される。喉仏がごくり、と動いて、甘い唾が嚥下されたのを見た。空調なのか往来の車なのか、ごうごうと低い音がする。聞き手の気分ひとつで耳障りにも子守唄にもなる無機質な音は、今日のところは私のおだやかな気持ちを害さない。ガラス越しに外を眺めるためにもたげていた首をまくらにもういちど埋め直して、隣でまどろむ相手の顎にひたいを寄せる。
「出かけようか」
首筋に重ねていた手、その指先に力を込める。桃から白へと血の気が引いて、温度の移ったぬるい薄い肌に爪先が食い込んでいく。小さな5つの三日月がくっきりときざまれ、血が滲み、骨へ肉薄して、それでも身じろぎもせず彼は目を閉じている。人生なんて本当はどこにも存在しないただの妄想で、今ここに存在する肉体だけが、意識と時間を繋ぐ完璧な紐帯だ。官能のない夏などポカリスエットのCMにすぎず、肉体を通じて知ることだけがすべて本物で、感情は思考で押さえ込めない。衝動は抑えられない。

目を閉じている。

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