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少子化と性別役割のこと
少子化に関する国際比較調査では、日本では他国に比べて働きながら育児することや経済的な負担の大きさを問題だと考える方が多いという結果が出ています。※日本財団による1万人女性意識調査。国によってはそうではない結果もあり興味深いものです。ただし、女性だけを対象にした調査であることは少し気になります。最近の少子化に関する議論では、「少子化」と「女性の意識」を結びつけることが多く見られ、あたかも、子供は女性の意識で簡単に産むことが出来る事柄であるかのような、女性は何かの機械であるかのような印象をうけることもあるからです。
働きながら育児する環境が整っても、経済的な支援があっても、社会において多様な人を受け入れる環境が整わなければ、変化があまりないのかもしれませんね。個人には気持ちというものもあり、ましてや、人生を選択できる決定権は個人が持っていることを忘れずにいたいもの。その視点でディスカッションが進もうとすると、引き戻されて、性別役割の話にすり替わるようなこともあり、現在は過渡期にあるように感じます。
誰もに「子供を持ちましょう」というのは、新たな人権問題にも発展するリスクがあって、本来は、子供が欲しい人たち、性別に関わらず、が持ちやすい社会になることが望ましいということですよね。
厚生労働省の調査では、パートナーの家事・育児時間が長いほど、第2子以降の出生割合が高いという調査もあります。パートナーが家事・育児をできにくい職場環境であることや、家事育児は女性の役割であると発信することが、少子化を進めている闇の部分なのかもしれません。
個人ができることを考えると、子育てしたい人や子育てしながら生活する人たちの言葉を、性別役割のバイアスをつけずに、そのままは発信をすること。また、どのような環境で生活し、どのような人たちに囲まれるのか、今ある環境を見直し、自分の意志で選択すること、その連続のように感じます。