『関心領域 The Zone of interest』を観て
⚠︎考察ブログなのでネタバレを含みます。
関心領域を観てきた。
土曜の夕方、予約した時間が遅かったのもあるが席はほぼ満席。客層は恋人同士、友人同士、男性1人など全体的に若い年代が多いように感じた。土日であることも要因の一つだろう。
前提としてアウシュビッツ収容所の隣に住む人の話であり、のどかに暮らしているが叫び声や銃声が聞こえるよ。というほぼネタバレに近いあらすじを聞いてから映画に臨んだ。
開始直後に真っ暗な画面と不穏な音声が数分続き、これはまだ始まっていないのか?と混乱。そこから広く綺麗な家が映し出され物語は始まる。
物語が始まると言っても特に何の変哲もない。あるとしたら司令官である夫がドイツに転勤になるくらいだ。
ただこの物語は終始、家族が住む隣のアウシュビッツ収容所から怒号や叫び声、銃声が聞こえている。私がまさに前提として聞いた話通りだ。
ただ関心領域というタイトルだけあって、住んでいる人々は自分の敷地内にしか全く関心がない。だからいくら銃声が聞こえようとも部屋から焼却炉から出ている煙が見えようとも平然としている。
この作品のタイトルの一部でもある領域に私は着目した。
登場人物の中でも特に領域にこだわっていたのは妻のヘートヴィヒに違いないだろう。
彼女は夫が異動になった時でさえ、この家から出たがらなかった。
彼女はユダヤ人が身につけていたであろう、高価そうな毛皮のコートも平然と羽織り、ポケットの中に入っていた口紅も試しに塗ってみたり、ユダヤ人の家政婦のことは無視して自分の領域内で楽しく談笑していた。
また母親が姿を消した時、彼女は当たり散らすようにユダヤ人の家政婦にいつでもあんたを燃やしてやるんだからと怒鳴った。
自分の領域が荒らされなければ、自分の領域内で自分が平穏に豊かに暮らせれば、領域外のことはどうだっていい。そう感じる場面が多かった。
1番彼女の本心が顕になったのは夫ルドルフがドイツに異動になったとわかった時だろう。彼女は自分の大好きな領域(家)を出て急いで夫の後を追い自分と子供はこの家に住み続けると主張した。自分達の結婚記念日が祝えなくともだ。
しかし、登場人物みなが自分の領域内にしか関心がなく、自分の領域が豊かで幸せだと思っているわけではない。
初めてこの家を訪ねたヘートヴィヒの母親は夜中でも絶え間なく続く音に眠れず、恐怖を覚え一言もなく置き手紙だけをして姿を消してしまう。
また赤ん坊も本能的に何か違和感を感じ取っているのか終始泣いている。子供達も夜眠れず廊下でうずくまっていたり、外の様子が気になっていたり、違和感を感じている描写が見られた。
そして1番の問題は家のみならず仕事で収容所に向かい、異動でドイツに行ったルドルフだ。
彼は作中で最も多くの領域を移動していると言っても過言ではないだろう。否が応でも領域内を移動することによって気づいてしまうのが普段自分が住んでいる領域がいかにおかしいか。ということだ。
作中所々思い詰めた表情が出るルドルフだか、ついに妻に異動のことを打ち明けた際に自分の家から飛び出し妻から逃げ出してしまう。私はこれは一種のルドルフが領域から出る(この場合アウシュビッツの家からドイツへ向かうこと)の比喩的表現だと考える。
また、領域を出たことによって領域外の音に触れ心が溶けていったように見える。出勤中に犬を見かけた時に撫でるシーンも、元々彼は家で犬を飼っており何度も作中には出てきたがこれが初めてなのではと思った。(もし違かったら申し訳ない。)
ただルドルフがまたアウシュビッツの家に戻ることがわかった時、嘔吐しながら階段を下るシーンでわかったように彼は少しずつ精神的に疲弊していた。多々ある自分の領域の一つの異常性に無関心ではいられなかったのだ。考えすぎかもしれないが、私は階段の真四角の模様が一つ一つの領域に見えてしまった。
他にもサーモグラフィーの少女に関して考察を書きたいが今日はここまでにする。
人は自分の領域を持っており、そのほかの領域に関しては関心がない。そんな考えを持って1日行動してみると面白いかもしれない。
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