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ビールをつくってその場で飲ませよう

MNHの小澤です。

こうして「工房」をつくろうと思い立ったぼくらは、お酒をつくろうと考えはじめた。

ビールか、ワインあたりか。


ワインづくりもおもしろいと思ったが、ぶどうの調達がネックだった(*1)。
かたやビールづくりは大変ではあるが、設備を用意し、やり方と温度管理さえ守れば、ぼくらのような素人でも取り組めることがわかった。


じゃあビールをつくろう、ということになった。

この2015年頃は、ちょうど「クラフトビール」が注目を集めていた時だった(*2)。ぼくらもご多分にもれずオリジナルビールがつくれたらいいな、と胸を熱くした。

これ以前に流通がネックでラム酒の事業を断念した時があったのだが、今回は「自分で工房を持って、その場で飲んでもらえばいいんじゃないか」と考えたのだ。

早速、ぼくはビールづくり、特に醸造免許について猛勉強した。

すると、世の中のクラフトビールがなぜ「○○ビール」と言わずに「○○エール」と名乗っているのか、謎が解けた。つまりその多くが、少量製造可でどんな材料でも使える「発泡酒免許」でつくっているという事実を理解したのだ(*3)。

しかし、醸造免許を取るより、まずは「物件」だろう、と。
物件探しに奔走することになる。

そして、本社のある「調布」付近か、ぼくらの柱事業・高尾山かりんとうを売っている「高尾」近辺で探すことにした。

ちなみに、高尾山のかりんとうの販売が軌道に乗っていたので、高尾近辺で高尾山にちなんだビールを売るのもいいな、と思っていた。

だが、物件を探しはじめると、いろいろ法律の壁にぶつかった。
まず、ぼくらの考えているような工房は、「準工業地域」の中で探す必要があった(*4)。
要は住宅地の中に、いきなりポツン、とは立てられないのだ。

とすると、必然的に"大きい"物件になる。
想像より広い物件を次々紹介され、「これを改装すると費用がかなりかかるな」と、不安が膨らんでいった。

物件もそうだが、更地も見た。

あれは鑓水峠だっただろうか。
高尾の界隈ということで足を運んだが、正直、何もないド田舎。

風の吹き抜けるまっさらな土地を前に、しばし思考が止まった。
「ここに建物をたてるにはどれだけ労力とお金がかかるのか」と…
ビールがどんどん遠くなっていく気がした。

その他にもいくつか物件をみたが、「これだ!」というものは一個もなかった。
そして、結局3ヶ月足らずでこの話は終わったのだった。

———この事業を振り返ると、やはりやらなくて良かったな、と率直に思う。
1から工房をつくるのは、めちゃくちゃ費用がかかるからだ(*5)。

ただまぁ、ファブレスメーカー(*6)だったMNHが、自分でつくろうと一歩踏み出した始まりではあっただろう。

また、今更ながらに、お酒の事業はどうやっても儲からないと思う。
原価が高いし、税金もある。しかも相場観からしてそんなに高く売れないだろう。だから厳しい。

あの当時はクラフトビールブームが再燃したてだったが、今はもはや飽和状態。
そんな昨今の状況を鑑みても、ますますやらなくてよかったな、と。

菅会長は、もしかしたらまだやりたいと思っているかもしれない。


だが、あえていうならば、ぼくはもうお酒はこりごりなのだ。


(*1)当初は、ワインも視野に入れていたため、東京初のワイン醸造施設・東京ワイナリーにも見学に行った。

(*2)1994年の酒税法改正を機に、小規模ビール醸造所が全国で生まれ、第1次地ビールブームが起こる。そして、2014年頃から、職人が手間ひまかけてつくる工芸品(クラフト)のようであることから「クラフトビール」と呼ばれ、第2次ブームとなった。

(*3)ビールの酒造免許を取得する際、1年間の製造見込み量が60㎘(大瓶約9.5万本) に達しないと、免許を受ける資格を与えられない。また、ビールづくりに使用出来る原材料は、例えば麦芽、ホップ、米、コーンスターチ、小麦(他にもある)などと、決まっている。さらにその使用の割合も決められている。

(*4)工場を建てられるのは「市街化区域」の中の「工業地」。その中でもさらに「工業地域」「準工業地域」「工業専門地域」にわかれている。

(*5)ただし、この時は既に庄内町の新産業創造館「クラッセ」の中の工房を借りて、玄米コーヒーを作っていた。これは自治体と協業してつくった工房だった。

(*6)工場を持たずに(委託しながら)製造するメーカー。


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