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ベルマーク委員とお金の循環

「VERYで連載していただけないでしょうか」

そのメールは突然やってきた。
もちろん、どのメールも突然やってくるのだが、まさか女性ファッション誌から連載のオファーが来るなんて予想外だったのだ。
将棋の藤井名人なら「望外の僥倖です」と言って、口元に少し引きつった笑いを浮かべていただろう。

女性ファッション誌というと、まっさきにイメージするのは、映画「プラダを着た悪魔」である。映画の内容は忘れたが、プラダで身をまとったかっこいい女性編集長が登場したことは覚えている。

そんなイメージを持って、編集者の米山さんにお会いしたのだが、米山さんは人の良さそうなおじさんだった。いつも娘には甘くて、「あなたもちゃんと叱りなさいよ」と奥さんから小言を言われるタイプだろうと勝手に妄想した。

その米山さんによると、初回は4ページも使わせてもらえるらしい。編集長が僕の著書「お金のむこうに人がいる」を気に入ってくださったそうだ。ありがたい話である。

連載の内容は、みんなが大好きお金の話なのだが、お金の増やし方を話すわけでもなく、「お金とは何か」というお硬い内容である。インタビュー形式の記事になるというのだが、おじさん二人のやりとりだけで、4ページもつとは思えない。

というわけで、「お金とは何か」を学べるショートショートを書き下ろすことにしたのである。

ショートショート「ベルマーク委員とお金の循環」

税金によって、お金に価値が生まれると言われても、多くの人が半信半疑だろう。
very読者の麻衣子もその一人だった。「よく分からない連載が始まったのね」とつぶやきながら、今月号のveryを閉じてバスを降りた。
それよりも、麻衣子は憂鬱だった。息子が小学校2年生になって、今日は初めての保護者会。PTAのクラス委員を決める日でもある。この学校では半年に一回委員が変わる。卒業まで同じクラスで持ち上がり、残り5年、つまり10期ある。可能なら、一度も委員にならずにやり過ごしたかった。
特に一番負担が大きいのはベルマーク委員。仕事に復帰したばかりの麻衣子としては、それだけは避けたかった。
欠席裁判をされたらかなわないと、会合にはクラス全員40人の保護者が参加していた。クラス替えがないから、すでに全員が顔見知りで、グループLINEでの交流も盛んだった。LINEの管理者もしている仕切り屋のミスズが教卓の前にたって会合を進行する。
いよいよ、合計10人の委員の選定が始まった。
「どなたか立候補する人はいませんか」とミスズの声が教室に響いた。
去年は立候補者がいたが、委員の大変さを思い知ったのか、今年は誰も手が上がらない。周りから言い訳めいたつぶやきが聞こえてくる。
「下の子がいなければ、私がやってもいいんだけどね」
「仕事が忙しいから、きっと他の委員の方に迷惑かけちゃうわ」
立候補で決まらなければ、推薦によって決められる。麻衣子はうつむいて、誰とも視線を合わせないようにしていた。
しばらくして、「立候補がないようなので、」とミスズが話し始めた。いよいよ推薦が始まる。そう思って麻衣子が覚悟をしていると、意外な言葉が続いた。
「クラスチケットを導入しようと思います」と彼女は高らかに宣言した。
教室中がざわつく。いったい何が始まるというのか。麻衣子は「まさかね」と思った。さっき途中で閉じたコラムにもそんな話が書いてあった。しかし、同時に思い出した。ミスズが熱心なveryファンで、すぐに実行に移す人だということを。
ミスズは、トランプ大のカードを一人に2枚ずつ配り始めた。そこには、「クラスチケット」とだけ書かれていて、彼女の印鑑が押されている。
「これで、私たち助け合いましょう」とカードの説明が始まった。「お互い何かを手伝ってもらったりしたら、このチケットを相手に渡すの。クラス委員を引き受けてくれる人にも、クラスチケットを支払うわよ」と言って、チョークを握った彼女は黒板に向かった。

ベルマーク委員 8枚 
会計担当委員 5枚
バザー委員 4枚

ベルマーク委員は一番面倒だという認識らしく、一番多くチケットがもらえるようだ。しかし、麻衣子は手元を見つめて首をかしげる。2枚のチケットを配ってくれたが、こんなカードを誰が欲しがるというのだろうか。商品券なら価値がある。だけど、このカードには何の価値も感じない。この紙切れをもらうために、ベルマーク委員を引き受けるなんて狂気の沙汰だ。
ところが、ミスズの話には続きがあった。
「一つ言い忘れていたわ。委員をしてくれる人たちに、チケット渡さないといけないから、全員から毎期1枚ずつチケットを徴収するわね。税金みたいなものよね」
すぐに、麻衣子の前に座る男性から質問があがった。「2枚あるから、2期分は払えるけど、払えなくなったらどうなるんですか?」
「そうならないように2、3回は委員を引き受けてもらいたいし、もし払えなくなったらグループLINEから退出してもらうしかないわよね」ミスズは冷たく笑った。
管理者であるミスズにはその権限がある。そんなことになったら、学校の情報が入って来なくなって大変だ。麻衣子は戦慄を覚えた。手元の紙切れに価値が生まれた瞬間だった。
麻衣子の頭がフル回転する。卒業するまでに必要なチケットは全部で10枚。手元には2枚。残り8枚必要になる。
顔を上げて黒板をじっと見つめた。2回も3回も引き受けなくても、1回ですむ仕事がひとつだけあった。麻衣子は声を張り上げた。
「私、ベルマーク委員やります!」
 

お金とは何か

誤解してほしくないのは、この話に登場するミスズは決して悪者ではない。仕事を押しつけ合っていたPTAが彼女のおかげで支えあう仲間になれたのだ。
この話は、僕らの使う日本円が普及した時の話をモデルにしている。
日本円が普及したのも、税金を納める手段として、円の紙幣以外は認められなくなったからだ。
税金を収めないと、警察権力によって捕まってしまう。クラスチケットを納めないとグループから追い出されるのと同じで、そこには強制力が働く。
歴史の授業で1873年の地租改正という単語に聞き覚えのある人も多いだろう。
それまでは、耕作者が農作物を治めていた(いわゆる年貢である)のを、土地所有者が税金を納めるということにフォーカスされる。
しかし、ここで重要なのは、紙幣じゃないと認められなくなったということだ。それによって、紙のお金が一気に普及したのである。

僕らの財布の中に偉そうに鎮座する一万円。
ついつい、あがめたてまつってしまうそのお姿だが、ただの紙切れなのである。この1万円が効力を発揮するのは、それを受け取った人々が働いてくれるからなのだ。

ベルマーク委員の話を思い出してほしい。どれだけミスズがクラスチケットを発行して増やしても、ベルマーク委員がいなければ、ベルマークは集まらないのである。

麻衣子への叶わぬ野望

今回の主人公「麻衣子」(VERY本誌ではマイコになっている)の由来は、VERYの表紙モデル申 真衣さんである。

実は、前職のトレーダー時代に彼女とは10年ほど一緒に働いた。ただ会社が同じとかではなく、毎日のように喧々諤々(けんけんがくがく)の議論をする仲であった。負けず嫌いの彼女と、新卒の学生を奪い合って喧嘩をしたこともある。

その彼女とまさかVERYの表紙で共演することになろうとは思ってもいなかった。人生、何が起こるかわからないものである。

表紙での共演する元同僚たち

とはいえ、この差である。

編集長!
ジェンダー平等の時代ですよ。
いつか僕を表紙にしてください。

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