空間の断片化、或いは不幸せに繋がる彼らーリーガルリリー『ムーンライトリバース』MVー
華奢な身体で狂気を歌うリーガルリリーの新曲『ムーンライトリバース』のMVがYouTubeに公開された。
このMVは凄い。もうアップされたのは3週間以上前になるのだが、衝撃をずっと引きずっている。ではその凄さとは何か。それはたった4つのショットだけで、物語を浮かび上がらせている点である（☆1）。
まず、印象的なのは杉咲花演じる彼女がメイクをしている姿を収めたショットである。
この杉咲花ー彼女の姿には一瞬で心を掴まれる。端的に可愛い。もうこの可愛さだけでMVが持続できる。ただこのショットは彼女をよく撮るために寄りのショットになっている。それによって、背景が不透明になっており、ここがどこか分からなくなっている。とりあえず、メイクをしているのだから自室なのかと、みている人は思う。
次に映されるのは、メイクをする彼女をみている彼である。
基本は①と②のショットを切り替えすことで、メイク中に二人が会話をしている様をみせている。
しかしこの2つのショットで切り替えしをするのは中々に挑戦的である。なぜならこの二つのショットだけでは、二人が同じ空間にいることが漠然としているからである。本来であれば、二人が一つの画面に収まるショットがあるはずだ。しかし、ない。だから、二人が同じ空間にいて会話をしているように思うには、このMVをみている人が想像力で二つのショットを繋げなければならないのだ。
さらにこの想像力は、二人の関係や状況にも及ぶ。それによって、私たちは、彼らが恋人関係であって、どちらかの自室にいること、そしてどこかに出かけようとしているから、彼女はメイクをしていて、二人はメイクが終わるまで何気ない会話をしているのだと、想像できるのだ。
それで終わるなら、このMVは凡作と言わざるを得ない。しかしここから不穏さが漂ってくるのだ。彼女はメイク中に咳をする。彼はその様子を気にするように、カットが切り替わる。この咳は、私たちが普段するむせる以上の意味がある。さらに3つ目のショットである。
3つ目のショットは、どこかに座っている別の男の姿である。二人の関係に侵入してくる第3者。二人の関係は恋人関係で完結しているのに不穏な予感が漂ってくる。この男が誰なのか想像している間に、彼女のメイクはどんどん進んでいく。口紅、イヤリング。彼女はメイクが終わるとスマホで誰かに連絡をしている。彼はメイクが終わった彼女をスマホで撮る。そして４つ目のショットである。
引き画が存在しなかった理由が明らかになる。そして見ている人はここで２つの裏切りに遭遇する。一つ目は私たちが想像力で繋げた彼らは恋人同士ではなかったこと。二つ目は自室だと思っていた空間が病院であったこと。
この二つの裏切りはさらに、②の彼はただの見舞客で、彼女がメイクをして会いたい男は③の彼であること、そして入院している人でも当たり前にデートをする事実を突き付けるのだから、素晴らしいとしかいえない。
このようにこのMVは見ている人の想像力を駆り立てるショットで構成されていながらも、さらにその想像を裏切る物語が展開されている。そしてメイク中のすっぴんに近い顔を見せられる相手と、メイクで綺麗になった姿を見せたい相手が違うという、残酷な事実も呈しているのである。彼女にとってどちらの男がいいのかどうかは定かではない。だが彼らは決して一つの画面に収まることはないのだから、それは悲しい運命としか言いようがない。
このMV≒映像イメージは決して歌詞の再現ではない。けれど、歌とも共振する。２番のサビを引用する。
好き、好き、好きだよ。月より好きだよ。
好き、好き、好きだよ。月より届かない、
ずき、ずき、痛いよ。過ぎても痛いよ。
好き、好き、好きだよ。月より届かない、
②の彼がみせる病気の彼女を気にかける月みたいに大きな「好き」。しかしこの「好き」は彼女に決して届かない。見ているこちらもズキズキ痛むような悲痛さだ。そんな「好き」の届かなさを歌うこの曲が素晴らしいのはもちろんのこと、その魅力を十分に引き出しているMVだと私は思うのである。
このMVは私が素晴らしいというまでもなく、2024年9月23日現在30万回以上再生されているのだから、話題を呼んでいるのは間違いないだろう。リーガルリリーの素晴らしさがもっと多くの人に伝わりますように。私は、『管制塔の退屈』が好きだからそちらもぜひ。
☆1 このMVはエンドクレジットを除いて4つのカメラポジションから撮影がされている。何度もみていると同じカメラポジションから構図を少し変えて撮っていることに気づくから4つのショットとは言えないのだが、本稿では便宜上、4つのショットと言うことにする。