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星野源で眠る犬、踊る人間
うちにはよく眠る犬と、よく踊る人間がいる。
よく眠る犬とは、この冬を生まれてはじめての冬として生きる、まだ四季をすべて体感したことのない子犬で、よく踊る人間とは、生まれてもうすぐ三十年、何度も冬を越えてきていろんな土地で降る雪を見たことがあるのに、いまだに雪が降る度にわくわくして踊ってしまう人間。そうでなくても日常のなかでいつも踊りながら生きる人間。すなわちわたしのことである。ちなみに夫も踊っているわたしを見かけたら一緒に踊ってくれるし、自主的に踊ることもあるので、よく踊る人間はこの家に二人いる。
うちにはよく眠る犬と、よく踊る人間たちがいる。
猫はこたつで丸くなるけれど、犬はソファでお腹を見せるようにひっくり返ってよく眠る。よく眠って体力を蓄えたらよく走る。気が狂ったように部屋中をぐるぐると駆け回る。そうなるともう捕まえることもできないので、人間は放置して踊るしかない。こともない。
そう。そんなときに効果的なのは星野源さまだ。うちのお犬は星野源さまの特定の曲を聴くとぱたりと足を止め、耳を澄まし、うっとりとした目で自分のブランケットをソファに敷いて眠りはじめる。だから人間は星野源さまをBGMに踊るしかない。
僕たちはいつか終わるから 踊る いま ― 『SUN』
この曲はすさまじい。百発百中で寝る。お犬が最も恐れている動物病院からの帰り道、震えが止まらなかったはずなのに、この曲を車でかけるとすとんと眠りに落ちる。あんなに震えてたのにそのスピードで寝るか? って心配になるくらいに寝る。Aメロの『壊れそうな夜が明けて』ってあたりでもう寝てる。夜が明けてって言ってんのに。
だからお犬はおそらくこの曲のサビを聴いたことがない。『君の声を聞かせて』って楽しいメロディーで歌ってくれてるんだけどなあ、と思いながらわたしは隣で踊る。運転中は脳内だけで、家では全身でリズムをとって踊る。踊ってもお犬は起きないので、いま思いのままに踊る。眠る犬と踊る人間。この時間がいつか終わるなんて思えない。
虚しさとのダンスフロアだ 笑顔の裏側の景色 ―『アイデア』
わたしという人間がとってもすきな曲なので、人間の思い出話をしたい。
朝ドラ『半分、青い。』の主題歌として世の朝に流れていたこの曲は、わたしにとっては苦しい曲だったし、真夜中の曲でもある。
朝ドラが放送されていた頃、朝の放送時間にはあたりまえに会社で仕事をはじめていて、お昼の再放送の時間には昼食を一瞬でかき込み終わって仕事に戻っていた。
日付が変わって帰宅したとき、もうアパートのほかの部屋の明かりはすっかり消えて真っ暗になっていて、できるだけ静かにお風呂に入って、それから倒れるみたいにベッドに横になって、何も考えずに再生するのが朝ドラだった。あんまり「何見ようかな」とか考える脳みその余裕もなくて、ただ毎日予約一覧の上のほうにあるから、毎日あるから、何も考えずに再生できるから、観ていた。
その頃の朝ドラの曲ってそのイメージで、なんだか苦しくなってしまう。みんな朝や昼に楽しんでいるのに、わたしはこんな時間に見るしかできなくて、この生活ってなんなんだっけって思いながら聴いていた。もの悲しいメロディーに聴こえていた。だから、聴くのを避けてきた。
そうして何年もたって(この曲は7年前らしい。時が経ちすぎている)お犬と暮らすようになって、お犬が星野源さまの曲で眠るようになって、いろんな曲を聴くようになって、この曲とまためぐりあった。
「うわ~、あのときの朝ドラの曲じゃん」って思ったものの、お犬はよく眠った。星野源さまのポップなメロディーでこそ眠る犬、それがうちのお犬なのだ。
よく眠っているから曲を変えるのもかわいそうで、そのまま聴いてみた。テレビサイズでよく聴いていた1番のサビが終わって、その先をはじめて聴いた。たぶん。たぶんちゃんと聴いたのははじめてだったと思う。
そこからはじまったのは、『おはよう』からはじまる真夜中の曲だった。
1番で『おはよう 世の中』と世間の朝に歌いかけていたメロディーで、『おはよう 真夜中』と真夜中にいたわたしにも歌いかけてくれていたことを知った。知らなくて、もう7年が経ってしまったいまはじめて知って、なんだか涙が出た。『生きてただ生きていて 踏まれ潰れた花のように にこやかに中指を』って、こんな風にあっけらかんと強く生きる選択肢もあるのだと、あのとき知りたかった。
この曲がこっちにも向いていたことを知らなかったし、なんで知ろうともしなかったんだろうって、なんであの当時テレビで歌うときにチャンネル変えてたんだろうって、自分の狭い視野と頑固さが嫌になった。
希望あふれる朝のわたしにも、終わりの見えない真夜中にいたわたしにも、たまに真夜中にずーんと落ちちゃういまのわたしにも、この曲はいつも寄り添ってくれる。やさしくて泣けてくる。まだこの曲とのちゃんとした出会いが浅くて、簡単には踊れない。眠る犬と、泣く人間。
妙に綺麗で泥臭い ― 『Eureka』
いま人間たちが愛してやまないドラマ『まどか26歳、研修医やってます!』の主題歌。ドラマで1時間、まどかたち研修医と先生たち、患者さんと患者さんの家族が頑張った姿を観てじーんと胸が熱くなっているとき、最後にこの曲がほんのりと流れると、なんだかあったかい涙が流れる。がんばることって、自分とまわりが生きることに繋がっていて、それは美化しなくても愛おしくて、すこし苦しい。医療ドラマ観てこんな気持ちになることあるか? って戸惑いながら愛してしまうドラマ。
で、この曲。『Eureka』、お犬は寝ると思うじゃないですか。てか人間もこのあったかい心のまま寝たくなる、絶対寝たい曲。
しかしうちのお犬は寝ない。この曲のイントロのシャカシャカ音できょろきょろそわそわしはじめ、歌のはじまりと同時にぴょんぴょん跳ねるように走り回る。うさぎが跳ねるごとく、テンションぶち上げで走りはじめる。
しっとり聴きたいはずなのに、ちいさいお犬をおおきな人間が必死に追いかけている滑稽さに笑えてきてしまって、なんだか馬鹿馬鹿しいついでに踊っちゃいますか、と横揺れして変な動きで踊っちゃう。跳ねる犬と、踊る人間。
くだらない日常のBGMにしちゃってごめんなさい、星野源さま。
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