見出し画像

むかし好きだったあの人を探してしまう

好きなエッセイに出会うと、その度に思い出す人がいる。文芸誌で、雑誌で、noteで、胸をきゅーっと締め付けられる文章に出会う度に「あの人かもしれない」と思って、ドキドキしながら書いた人のことを調べてしまう。その人だったことはないのだけれど、もうずっとずっと、あの人を探してしまう。

その人は、わたしより4つ上くらいの東京に住むお姉さんだった。当時わたしは田舎の高校生で、その人は都内の大学に通っていた。文学部だった。そうプロフィール欄に書いていた。わたしはその人に会ったことがないけれど、その人のうしろ姿と横顔しか知らないけれど、その人が大学の友達に言えない悩みとか、彼氏への想いとか、その人がぽつりと落としたつぶやきの、そのひとつひとつを知っていた。

まだテレビ番組やアイドルの公式アカウントも少なく、あたりまえに青い鳥のアイコンだった頃。たまたま流れてきたその人のつぶやきを見て、わたしはその人のことを好きになった。みじかい文章なのに、胸がきゅーっと締め付けられた。アイコンは、淡い色で加工されたうしろ姿の写真だった。その人の過去の投稿を流し見すると、家族の話もあれば、友達とのにぎやかな遊び、彼氏との思い出がたくさん書かれていて、その暮らしは鮮やかそうに見えた。けれど、ときどきいくつかに分けた長文で、その人の気持ちが綴られていた。満たされた暮らしのなかで、どうしようもなくさまよっている心の繊細さが垣間見えた。

わたしは顔も知らない、本当の名前も知らない、その人のことを好きになった。楽しそうな暮らしと、お洒落な彼氏とのエピソード、たまにぽつりと落とすつぶやき。東京で暮らすお姉さんへの憧れのような、けれど同じようなことで悩んでいる親近感のような気持ちだった。自分の暮らす現実にうんざりしたら、いつもその人のつぶやきをぼんやりと読んでいた。

あるときその人はいなくなった。最近つぶやきを見なくなった、そう思って確認するとアカウントがなくなっていた。名前を検索しても、その人はいなかった。どこに行ってしまったんだろう、あの人は。あの鮮やかな暮らしを切り取った写真は、つぶやきたちは、どこに消えてしまったんだろう。

あれからもう十年くらい経っているのに、わたしはたまに、あの人の名前を検索してしまう。ひらがな二文字のアカウント名。たくさんのアカウントが表示されるけれど、あの人はもうそこにはいない気がして、スクロールするのをやめる。

どこかで幸せに生きていてくれたらいい。東京で鮮やかな暮らしをしていなくてもいい。お洒落な彼氏がいなくてもいい。ただ元気で、幸せに生きていてくれたらいい。

けれどやっぱりどこかで、あの人の言葉を、胸をきゅーっと締め付けるあの文章を読みたいと思ってしまうのだ。だからわたしは、好きなエッセイに出会う度にあの人ではないだろうかと思ってしまう。いまでもずっとずっと、どこかであの人のことを探してしまう。

いいなと思ったら応援しよう!

tsuki | つき
最後までお読みいただきありがとうございます!