電話は鳴らない
鞄からガサゴソと鍵を探し、「ただいま」と、声をかけ家に入る。誰が待っているわけでもないから返事などないのだけれど、口癖のように「ただいま」と声をかけてしまう。
仕事帰りに、スーパーに寄り買ってきた物を手早く仕舞い、とりあえず腰を下ろす。そうして一息ついた後、慌てて洗濯物を取り込み、夕飯の支度をする。
今日も、いつもと同じ一日だった。同じように見えて、同じじゃないかもしれないけれど。
大きく吐き出しそうになるため息を浴槽に沈める。手でお湯をすくって、そのまま顔を洗う。幸せだとは思うけれど、それでもどこか拭えないどんよりとした、澱のような何か。チャプン、チャプン、と音を立てて、なかった事にした。
明日も、きっと同じような一日。何も変わらないし、目覚まし通りに起きて、朝ごはんを食べて、薄く化粧もして、家を出るのだろう。
あなたからの電話は鳴らないままで。