なぜ私はインターネットに依存したのかとその経緯
なぜ私はインターネットに依存したのか。それを書き連ねていきます。途中脱線します。
インターネットとの出会い
小学4年頃に3DSを親に買い与えられたことが始まりです。私がいた保育園ではテレビなども非推奨だったらしく親もインターネットやテレビには悲観的でなぜか「ダーウィンが来た」や「ピタゴラスイッチ」などは見てもいいとかいう謎ルールがありました。
当時の私にとってそれが唯一インターネットに繋がっている媒体であり十年くらいインターネットを制限されていたこともありその反動でのめり込んだことが一つのきっかけかなと思います。
小学生時代
小学生時代3DSを与えられて以降依存はしてはいませんでしたがyoutubeやニコ動で好きな実況者の動画をよく見ていました。当時初めてボカロや東方などのいわゆるオタクジャンルといわれるようなものに触れたときは衝撃でした。「機会が歌っている!?スゲー!」「このこかわいいな!」など今まで知らない知識が一気に流れ込んできてとりあえずすごかったです。当時か深夜アニメの存在は知っていたのですが遅くまで起きると怒られるのいやでニコニコ動画でみていました。
他にも初めて二次創作というものも知りインターネットの楽しさを知りました。
中学生時代
私はなんというかいわゆるオタクポジで文化部に入り少数の人間と関わり続けるようないわゆる陰キャでした。中学生になったところで特に変わらず学校行って部活という名のおしゃべりをしyoutubeやニコニコ動画をみる生活を繰り返していました。
2年生はじめころからなかばいじめのようなものが起こり次第に引きこもりになっていきました。思えばこれが依存のスタートなのかなと
switchを買い与えられゲームにものめりこみました。フォートナイトやPSO2などいろいろやっていました。引きこもりになり毎日のようにYouTubeとニコニコとゲームの繰り返しでした。昼夜逆転もしてました。THE不登校っていう感じですね。学校が何となく怖くて外にも出たくなくて何もかも拒絶していました。でもインターネットは私を受け入れてくれてずっとそこにいてくれてそこから依存していきました。そこからはまたいろんなことを知りました。ネトゲ特有の用語、歌い手、Vtuber、ボカロなどいろんなことを知りました。リアルの友達よりPSO2のフレンドが倍以上いて色んな人の話を聞けたりして学校なんかよりたのしかった。同世代から歳がすごい離れている大人までいろんな人がいて私の知らない世界がそこにはありました。ネトゲでなりきりをしていたのはまあ今となってはいい思い出です。結局卒業までほぼほぼ不登校で通信制にいきました。
高校生時代
高校生になる前にスマホを買い与えられました。通信で高卒資格を取れればよかった私は正直どこでもよかったのですが「ここに行かないならスマホなんて買わないよ」っていうカスみたいな発言をされ仕方なくそこを選びました。そこは通信制だけどできるだけ登校を頑張ろう!みたいな私には絶対不向きなところでした。無駄に高いだけで行くだけ無駄だということはわかっているが見学に行ったとき「木綿はここならいける」っていうかなり頭のおかしい発言もありました。無駄に高い学費をはらって無駄にするような親なんだなという印象でした。
さて話が脱線したので話を戻します。スマホを買ってもらってからまず一番最初に入れたのはTwitterです。中学のころから存在自体は知っていてやろうとしたものの悲しいことにメールアドレスがなく色々switchで何かできないかと思考錯誤していましたが結局無理でした。ネトゲのフレンドとTwitterでも絡みたくて始めました。最初はゲームのssを載せたりTLを見たりするでけだったのですが時間が経つにつれ承認欲求が顕著に表れていきTwitterに張り付くようになりました。結局ネトゲのフレンドにリアコした結果その人は30代既婚者で萎えゲームも大型アプデが思いのほかつまんなくてやめました。
それからは色んな界隈にいきましたVtuber、歌い手、東方、ボカロ、原神、プロセカ、病み垢などほかにも色んな界隈に住み移住をしながら最終的にv界隈に身を置き何人かの中のいいff10人くらいとのんびりすごしてます。
推しという存在もインターネットに依存するきっかけであり生きる目的でもあります。現在私の命はX(Twitter)、XのFF、推しで大体が構成されてると思っています。
ここまでだらだらと書いてきましたが結局ネットを制限されてその反動でインターネットにのめりこんで中学の時にいじめられてそこからずぶずぶと依存しただけです。書き足りないこととか変な文章になってるとおもいますがここまでお読みいただきありがとうございました。