250:ディスプレイという平面から情報がはみ出てきている感じ
2010年に「キーボードにおける「薄さ/平面」という切断」という記事をブログに書いた.
これ以降もAppleのキーボード,私が触れてきたのMacBook ProやMacBook Airのキーボードになるが,その感触は変わらない.Apple製品に触れていると,情報を平面で扱えという感覚がある.タッチパネルやトラックパッドはもちろん平面でツルツルして引っ掛かりがないものになっているし,キーボードもできる限り平面になろうとしているし,マウスもまたボタンがなく,曲がった平面になっている.
そして,私はApple製品に触れている時間が長いから,情報の感触というのが「引っ掛かりがなくて,ツルツルした平面」というものになっていた.できることなら,自分もまたその平面になってしまいたいというようにも思っていた.身体という凸凹したかたちはその平面にとっては邪魔な存在であった.
けれど,2023年にKindle Scribeをプレミアムペンで購入したことで,この情報への感触が変わり始めた.プレミアムペンは消しゴム付き鉛筆のように,ペン先ではない方の先端をディスプレイに押し付けると「消しゴム」として機能するようになっている.私はiPadとApple Pencilの組み合わせに慣れていたので,このペンを縦に回転させて「消しゴム」として機能させることになれなかった.しかし,いつの間にか慣れてきて,今ではApple Pencilにもこの機能がつかないものかと思っている.
Apple Pencilは5月に新型が出ると予想されている.けれど,Kindle Scribeをプレミアムペンの「消しゴム」機能はつかないだろうと思う.Appleは情報を平面で扱いたいからである.Apple Pencilのペン先の位置からディスプレイに触れる位置を予測する機能は,情報をディスプレイという平面に集約していって,その手前でペンを持つ凸凹した身体の平面への介入をできる限り防ごうとしたものだとも言うことができる.情報を平面で操作させることに集中しているAppleはディスプレイの上でペンを回すという立体的な行為をユーザにやらせるはずはないだろう.
私はKindle Scribeをプレミアムペンをディスプレイの上で回すことになれて,情報に対して抱く感じ方も変わってきた.ディスプレイという平面に縛れることなく,身体が持つ,あるいは,物理空間で許された立体的な行為とともに情報を感じた方が自由に情報を操作できるような感じがしてきた.情報がどこか厚みをえた感じが今はしている.ディスプレイという平面から情報がはみ出てきている感じがある.
私は昨年,HHKB Studioを買った.HHKB StudioはAppleの平面的なキーボードではなく,傾斜がついた厚めのキーボードである.買った理由は「厚み」ではなく,ポインティングスティックやジェスチャーパッドを使ってみたかったからである.ポインティングスティックには慣れてきたが,ジェスチャーパッドは全く使っていない.これらの機能について書かれた記事はたくさんあるので,私がここで書きたいのは情報への感触が「厚め」になったということである.
Appleの平面的なキーボードを使っているときとは明らかに異なる情報への感触をHHKB Studioを使っている抱く.情報は「平面」で「薄い」,さらには「ツルツル」したものではなくなり,もっと「立体」で「厚い」,そして「ゴツゴツ」したものになってきている.それは単にキーボードの感触というだけかもしれない.しかし,情報へのインターフェイスの感触が,ここまで自分の情報への感触を変えてしまうということは驚きであった.情報概念そのものは変わらないまま,情報に対する感触が大きく変化すすることが新鮮であった.
Kindle ScribeをプレミアムペンとHHKB Studioとを使うことで,私はAppleがつくっていると考えられる「引っ掛かりがなくて,ツルツルした平面」に基づく情報の感触から離れた.それで特に考えが変わるとかではないが,情報操作するときの感触が,情報というそれ自体は感じられなものに大きく作用しているということを感じられたのは,とてもいい体験であった.また,Apple的な感触に戻ることもあるだろうし,今のままの感触を好んで過ごしていくのかはわからないけれど,情報への感触の解像度を少しだけ高められたような気がする.