脱依存したい理由のひとつ①
こんばんは、麥生田です。
抑うつ期に入りました。まあ、いつものことなのでそれほど狼狽えてはおりません。禁酒しておりましたが、数週間ぶりにカップ酒を熱燗で飲みました。おいしい。肴はインスタント味噌汁です。
食糧が底をついてきたのと、卵と牛乳がない状態でホットケーキミックスをどう調理してよいか考えられなかった。
ええい、ままよ! と、5種類のインスタント味噌汁を鍋に入れ、啜りながら、ワンカップ大関を嗜んだ夕食でした。
明日こそは買い出しに行くぞ!
国外に友人が二人いる。
そのうちの一人は、かつて無知がゆえに己の身を守る術がわからなかった私に心理教育の本を教えてくれたり、何故自分が繰り返し性被害に遭うのかなどの知識を無償で与えてくれ、回復に導いてくれた女性でした。彼女が今どこにいて何をしているのか私は全く知らない。
私は数週間前にXを辞めた。
ブロックの機能不全という改悪により、"境界線"を引いても侵入する人々で溢れかえるようになったからだ。
そして私も繰り返し侵犯を受け続けて麻痺した結果、ある人物に対して"境界線"を踏み越える罪悪を犯した。そのことに関しては、続きの②で述べる予定です。
Xを捨て、心理的安全性を確保できた今になり、平和が失われたXで恩人の彼女がどれほどの苦痛と自責感情と罪悪感(サバイバーズ・ギルト)の中でそれでも負けずに闘おうとしていたのか、どうしてあんなにも痛切に、希望を捨てるなと叫んでいたのか、助けを求めていたのかを受容できるようになった。
現在、心理的安全性の確保された自宅でひたすら本を読み、現在までの因果を理解した。
己の複雑性PTSD、アタッチメント(愛着)の障害、その背後にある心理メカニズムは誰にでも備わっている生存本能に基づいていること。そして、深く傷付いた人々の回復を妨げるものは、悲嘆の冷笑・因果関係の改竄・障害や疾患の帰属先の誤りであり、それらを理解している人間が声を上げなければ、現状を変えていけないこと。
あの時叫んでいた恩人の彼女は、私や他人の与り知らぬ場所で深く傷付き、目に映るものすべてが己を苛んでいるように思えていたのかもしれなかった。そして援助希求すら出すことのできない状況に追い込まれていたのではないか。そう思った。
あの人は紛れもなく闘っていた。
今彼女がここを見ているかどうかわからないけれど、私はあなたが無償で与えてくれた知識や書籍の情報、心的外傷等への正当かつ適切な理解に基づいた優しさのおかげで、いま、生き永らえることができている。
あなたは、私がXや現実で追い詰められていた時、いつでも私を護ろうとしてくれた。味方でいてくれた。心強くて何度も救われた。
私という人間を知るために本来なら読まないような漫画を読んだりして、結果的にその作品を肯定できなかったとしても、理解してくれようとしてくれたことに変わりはなかった。本当はそこまでしなくたっていいのに。彼女はそういう人だった。
それから、彼女がたまに見せるユーモアや独自の感性が私は好きだった。彼女の描く絵が好きだった。努力の賜物としか言いようがない技術を彼女は持っていた。
今の私が彼女にできる恩返しは、彼女に護られたり心配されたりすることなく生きていけるくらいに自立して、あらゆる依存から脱却することだ。
沢山の人の無念や悲しみや怒りを彼女は一身に背負い、時に周囲に担ぎ上げられて疲弊したはずだ。
それでも私に「あなたが闘わなくていい社会にしたい」と言うような彼女の負担にならずに済むようにしたい。
もう私なんかのために闘わなくてもいいことを行動で示していきたい。
あの人はもう十分すぎるほど闘ったし傷付いた。
未熟で勉強不足な私では、まだあの人に適切な方法で優しくすることもできない。
せめてこれからは自立して一人で闘う。
私がいま闘っている障害者就労支援の事業所において、事業部のさらに上層にいる人間にまで、私の訴えが届いたとしたら、私にあらゆる力をくれたのはあなたなんだと言います。
私が生きていられるのは私だけの力ではないから
そして最後に、過去Xにおいて、恩人の彼女に向け「小賢しい犬笛を吹くな」と詰った女性精神科医を名乗っていたユーザーを許さない。
精神科医の力を正当に行使するどころか、勤務の合間にSNSを開き、困窮している人間を医者という立場から追い詰めて燃やし日々の鬱憤を晴らしているような、怠惰で小心で口ばかり達者な女性精神科医ユーザーを許さない。
恩人の彼女は有能で努力家な女性だった。
口だけでなく行動が伴っていた。
あの人は誰がなんと言おうと社会に必要な存在だった。
あの人は本当はただ護られなければならなかった。
狂った日本社会から彼女を追い出した無能で怠惰な権力者たちを、私は許さないし、忘れない。
2/21 22:42
抽象的な言葉を具体的に変換するなどの加筆修正を行いました。