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女子高生の私がファーストキスを失った話


芸術は爆発だ。

私は芸術を学ぶ専門のコースがある高校に進学した。絵画、デザイン、立体、工芸などあらゆる分野の美術の基礎を公立の高校で学べるなんて実にお得だった。入試も鉛筆デッサンと面接だけだったので学力では到底お呼びでない私でもなんとか入学することができた。

美術の授業の一環で書道を齧る機会があった。書道の先生が、美術の生徒たちにも書道の素晴らしさを知ってもらいたいと粋な計らいで企画したようだ。
その日は久々の書道の授業だったので、無い胸を踊らせて書道の教室まで移動した。近づくにつれてだんだんと濃くなる墨の香りが好きだった。

教室に入ると、クラスメイトたちが何やら、花だの枝だの歯ブラシだの書道の授業には似つかわしくない物を持っている。

「なにそれ、ウケる」

ヘラヘラ笑いながら皆のへんてこな所持品を物色していると、クラスメイトの1人がここに馬鹿がいた、という顔で私を見つめていた。

「あんた何にも持ってきてないの?」


私はハッとした。そして前回の授業の終わりに先生が言っていた事を思い出した。

「書道は筆で字を書きます。ですが、筆以外の物で字を書くというのも非常に面白い。来週は各自、筆の代わりになると思う物なんでも良いので一つ持ってきて下さい」

完全に忘れていた。先ほどまでのヘラヘラした態度が嘘のように笑顔がサッと消えた。このままでは1時間を棒に振ってしまう。いい歳こいて忘れ物するなんて、と肩を落としたその時だった。

「あたしも忘れたよ」

その声に振り向くと同じくお馬鹿さんな友人その1がグッと親指を立てていた。

「友よ」

私たちは目と目で抱き合った。そして同じ穴のムジナがいた、と互いに安堵した。私が彼女に「忘れたけど、これからどうするよ」と尋ねると、彼女はしたり顔で親指を立て続けている。

「あたしはコレで書く」

まさかだ。彼女は指で書くというのだ。なんという打開策。ピンチをチャンスに変える彼女の姿に私は頭を殴られたような衝撃が走った。それと同時に、私は指で書くという選択肢を奪われてしまったのも悟った。
授業が始まる鐘の音が響く。
色紙と硯と墨が配られ、先生は1人ずつどんな物を持ってきたのかと見て回った。遠くで「私は指で書く」と豪語している友人が眩しい。私は唇を噛んだ。

その時、頭で電球がビカッと光った。そうだ、私にはこれしかない。
先生が私のところに回ってきた。

「あなたは何を使って書くのかな?」

私は答えた。

「唇です」



「唇?」

先生は動揺していた。もちろん私もだ。だが動揺がバレれば負けと思い、それが何かと言わんばかりに澄ました態度で「ええ唇で書きます。書きたいんです。」と繰り返した。
先生は「君がいいならそうしなさい」と言ってくれた。なんと芸術に理解がある良い先生なんだろうか。頼むから止めて欲しかった。しかし背に腹は変えられぬ。私は腹を括った。

震える手で筆を墨に浸し、リップブラシのごとく唇に塗った。ひんやりとした墨と筆の感覚がこそばゆい。たちまち唇は黒に染まり、鏡を見るとブレザーを着たX JAPANの TOSHIがそこにいた。
TOSHIは色紙に勢いよく唇を押し当てた。
高校生活のファーストキスは色紙だった。
墨を何度も唇に塗り直しながら、私は色紙に「唇」という字を書いた。その仕上がりに先生は絶賛、クラスメイトはドン引きした。

私はなんとかこの場を誤魔化せたと安堵したがそれも束の間、直後ビリビリとした痛みが唇を襲った。慌てて水道で口を濯ぐと、唇にはうっすらと血が滲み赤く腫れ上がっていた。安いザラザラとした色紙に何度も唇を擦りつけたせいで、私の唇はズタズタになっていたのだ。その後数日苦しんだのはいうまでも無い。


以後その書は魔除けとして、また唇を筆にしてはならないという当たり前体操な戒めとしてクラスに飾られる事になったのだった。

まさに芸術は捨て身の爆発だ。


実際の書です

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潮井エムコ
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