あの夜の海から飲酒が嫌になった
昨年の10月頃、まさに1年前。
恋人と夜の海に行った。
恋人が運転をしてくれるので、
私だけお酒を飲んでいた。
海に着くと、昼とはうって変わって
色を映さない海が広がっていた。
暗く、呑み込まれそうだ。
「夜の海って吸い込まれそうだよね」
私がそう言うと恋人は焦った様子で
「行ったらダメだよ」と腕を掴んだ。
てっきり、笑って流してくれると思ったので、
驚きと罪悪感を抱く。
その頃の私は仕事が上手くいっておらず、
疲弊していたために、心配をかけたようだった。
信頼出来る人間と共にいる、社会から隔離されたような夜の海。
この心地いい世界が酩酊のせいで全て嘘に感じて、何とか現実だと思えるように恋人に話しかけた。
「一緒にいるのに後から思い返すと全部現実味がなくて、なんだか悲しい」
そう伝えたら、「ここに居るよ」と手を握って抱きしめてくれた。その温もりを拾えるように感覚を研ぎ澄ませていた。
工場のライトに照らされて光る海も、ひとけのない海で一緒にただ過ごせるのも、全部、幸福で、涙が出てしまった。
こんなに幸せなのに心に余裕が無いせいで、明日からの現実が恐ろしく、思わず涙が止まらなかった。
暗くて恋人には気づかれてないだろうと思い、鼻声にならないよう声を張って誤魔化していた。
睡眠薬代わりに浴びるようにお酒を飲んでいた私だったが、この一件から少なくなった。なんとなく、すこし、嫌になった。
嫌なことから目を逸らしているといいことも見落としてしまうことに、ようやく気づいた。
貴重な瞬間を、正しく、鮮明に感じとりたいと気づいた。
当時は現実の怖さで涙していたが、今では優しさが嬉しくて涙が出る。この記憶をずっとずっと忘れられず、痛み止めのように思い出している。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?