【2021年8月12日】MLB、映画「フィールド・オブ・ドリームス」を現実に再現して公式戦を開催
アメリカという国はどこまでもスケールの大きな国だ。
MLBは、野球をテーマにした映画を、現実に再現しようとした。
アイオワで「フィールド・オブ・ドリームス」を再現
1989年公開の映画「フィールド・オブ・ドリームス」の舞台になったアイオワ州で、本物のメジャーリーガーたちが集結し、1試合だけの公式戦が行われた。
2021年8月12日(現地時間)のニューヨーク・ヤンキース対シカゴ・ホワイトソックス戦である。
MLBはこの日のために、500万ドル(約5.5億円)をかけて、映画のロケ地に新たに球場を建設した。
8000人もの観衆が、このドリームマッチを観戦した。
メジャーリーグの長い歴史の中で、アイオワ州で公式戦が行わたことは初めてだという。
主催するシカゴ・ホワイトソックスは、映画でカギを握る、「シューレス・ジョー」こと、ジョー・ジャクソンが1910年代に所属したチームである。
トウモロコシ畑から現れたケヴィン・コスナーは言った、「ここは天国かい?」
球場の外野には、映画のようにトウモロコシ畑が広がっている。
サングラスをかけ、白球を握りしめ、白いシャツを着た男がトウモロコシ畑から現れる。
男がサングラスを外す。
ケビン・コスナー、いや、レイ・キンセラだ。
劇中、アイオワのトウモロコシ畑に野球場をつくった農夫だ。
キンセラは緑の芝の上を踏みしめるように、ゆっくりマウンドまで歩を進める。
そして、ヤンキースとホワイトソックスの選手たちがトウモロコシ畑から現れる。
両チームの選手とも1910年代のユニフォーム、着こなしはオールドスタイルだ。
ひとり、また一人。
ライト後方のスコアボードも、あの頃のように、木造で手動だ。
あの頃と違うのは、LEDの照明設備、電光掲示板、そして、曇り空に最新型のドローンが宙に舞っていることくらいだ。
コスナーがマウンドの後方でマイクの前に立ってスピーチをする。
途中、観衆に尋ねる。
劇中のレイ・キンセラのように「いや、アイオワだよ(No, Iowa.)」という代わりに、コスナーは「イエス(Yes, it is)」と続けた。
「この野球場は、選手のための球場です。幸運を祈ります」
試合は思わぬ乱打戦に
プレイボールがかかり、試合は打ち合いになった。
序盤からトウモロコシ畑に次々とホームランが打ち込まれた。
ホワイトソックスが7-4とリードして試合は9回へ。ホワイトソックスのマウンドにはクローザーのリアム・ヘンドリックスが上がった。ヘンドリックスはすでに今季、48試合で26セーブを挙げている。100マイル(161キロ)の速球を武器に、49回で奪った三振は79個。
ヤンキースは先頭打者がヒットで出塁したが、その後、二人が倒れて2死。
ここで、主砲のアーロン・ジャッジがライトにこの日、2本目となる2ランホームランを放って1点差に迫った。
そして、四球の走者を置いて、さらにもう一人の主砲、ジャンカルロ・スタントンのレフトへの一発で試合をひっくり返した。8-7。
ヤンキースは、起死回生の二発で、息を吹き返した。
「これは映画ではありません!」と実況アナは叫んだ
だが、野球の神様はいつも気まぐれだ。
9回裏、ホワイトソックスは1死から、四球の走者一人を置いて、一番を打つ右打者、ティム・アンダーソンを迎えた。アンダーソンは、2016年、ホワイトソックスのドラフト1位指名を受け、入団した。
その期待通り、2019年に遊撃手で首位打者を獲得し、今年、オールスターゲームにも出場したプレイヤーだが、ホームランを打った後に、ド派手なバット・フリップ(バットを放り投げる行為)で物議を醸したこともある。
アンダーソンは右打席に入ると、ヤンキースの左腕、ザック・ブリットンが投じた初球、外角の変化球をフルスイングした。逆方向、ライトに鋭いライナーが飛ぶ。
打った瞬間、アイオワの夜空に大歓声がこだまする中、その打球がライトを守るジャッジの頭上を越えてトウモロコシ畑に飛び込んだ瞬間、センター後方では派手な花火が打ち上がり、ホワイトソックスのベンチはハチの巣を叩いたような騒ぎになった。
踊るようにダイヤモンドを一周したアンダーソンは、ホームベース周辺で待ち受けるチームメートたちの手荒い祝福を受けた。
実況アナウンサーは叫んだ。
「これは映画ではありません!」
この映画が公開された時、28歳のアンダーソンはまだ生まれていない。
アンダーソンが放った一打は、ハリウッドのシナリオライターも書けない、最高の「ハリウッド・エンディング」を綴った。
両チームが放ったホームラン数の8本は、奇しくも、「ブラックソックス事件(後述)」で追放されたホワイトソックスの選手8人と同じ数だ。
映画「フィールド・オブ・ドリームス」は、忘れじの英雄たちの鎮魂歌であり、善良な人々への応援歌
映画に話を戻そう。
ケビン・コスナー主演のこの映画は、アイルランド系カナダ人であるウイリアム・パトリック・キンセラが1982年に書いた「シューレス・ジョー」という小説が原作になっている。
アメリカの「ナショナル・パスタイム(国民的娯楽)」といえる野球をテーマにした映画の金字塔であるが、それだけではない。
1980年代後半、米国は超大国として君臨する一方、先進国として様々な矛盾を抱えていた。繁栄を迎えた1960年代は過去のものになりつつあった。ベトナム戦争の傷跡は深く、製造業は日本の追撃を受けており、景気は長らく後退していた。
アメリカ人は自信を失いつつあった。
だが、一つだけ変わらないものがあるとすれば、それは野球だ。
コスナーが演じるレイ・キンセラは、アイオワ州で農場を営んでいる。
明るい妻とかわいい娘に囲まれ、幸せな家庭を築いている。
だが、同時に中年に差し掛かり、心の中に空白を抱えている。
自分はまだ何も成し遂げていないんじゃないか。
自分の人生はこれでよかったのだろうか。
自分がティーンエイジャーの頃、父は老人のように見えた。
そして、自分も、あの時の父と同じ年齢に差し掛かっている。
父親とは「些細なこと」で仲たがいし、家を飛び出してから二度と会っていない。
ある日、レイは、自らのトウモロコシ畑で不思議な声を聞く。
レイはその「内なる声」に導かれ、憑りつかれたように、動きだす。
トウモロコシ畑を潰して、野球場をつくる。
それからしばらくたったある晩、娘がレイにこう伝える。
「パパ、球場に誰かいるよ」と・・・
それは、往年のホワイトソックスのユニフォームを着た「シューレス・ジョー」の姿だった・・・
ジョー・ジャクソンは、1910年代、シカゴ・ホワイトソックスの外野手で、当時の球界を代表する俊足巧打のプレイヤーだった。
だが、1919年のワールドシリーズでの野球賭博がからむ八百長疑惑に巻き込まれ、無実にもかかわらず、同僚7人と共に永久追放処分を受けた(いわゆる「ブラックソックス事件」)。
レイはその後も、続いて聴こえる、幾つかの「内なる声」に耳を傾け、必死に手掛かりを探り、旅に出る。
その情熱に、レイの周囲も突き動かされる。
レイの行く先々で次々と不思議なことが、、、
そして、レイは「内なる声」の真実にたどり着けるのか?
この映画は、様々な要素が詰まっている。
忘れられそうな英雄、名もなき英雄への鎮魂歌でもある。
シューレス・ジョー、永久追放を受けたホワイトソックスの選手たち、J.D.サリンジャー、夢を叶えられなかった野球選手、、、
と同時に、名もなき善良な人たちへの応援歌である。
親と子の関係、厳しい現実、叶えられなかった夢、、、
移り変わりゆく世の中へのノスタルジーでもあり、アメリカ国民として忘れてはならないスピリットを思い出させてくれる。
そして、それらすべてを一つに束ねることができるのは、野球である。
この物語には伏線、小ネタが多い。
その一つ一つの伏線やナゾが解けていくと、面白い。
アメリカの政治・社会・文化、そして野球に造詣がないと全貌を理解するのが難しいが、J.D.サリンジャーの「ライ麦で捕まえて」、「オズの魔法使い」など、オマージュにあふれている。
主演のケビン・コスナーは、学生時代、身体能力抜群で、野球とフットボールの選手であり、本気で野球選手を目指したこともあった。
俳優になってからも、数々の映画で、野球選手を演じている。
無名時代のベン・アフレック、マット・デイモンがエキストラ出演している(ただし、本編ではカット)。
「フィールド・オブ・ドリームス」の後日談
そして、この「フィールド・オブ・ドリームス」には後日談がある。
原作を書いた作者のウィリアム・パトリック・キンセラは1997年に交通事故に遭い、創作がままならなくなった。
そんなときに2001年にメジャーリーグに現れたのが、イチローだ。
イチローは、シアトル・マリナーズに入団するときに、「ここは僕のフィールド・オブ・ドリームスです」と挨拶している。
そして、「シューレス・ジョー」がつくった新人最多安打記録を破ったのは、同じ右投げ左打ちのイチローだった。
キンセラはその後も、野球をテーマに短編作品を残しているが、そのうちの一つは「野茂英雄とイチローが、アイオワに来て野球をする」という話だった。
創作活動が困難に見舞われていたキンセラに、イチローが再び、筆を取らせたのである。
「マイ・フィールド・オブ・ドリームス―イチローとアメリカの物語」https://www.amazon.co.jp//dp/4062111500
キンセラは2016年に81歳で亡くなった。故郷カナダで合法となった安楽死を選択したものだった。
「天国」から大谷翔平の二刀流の活躍を見ていれくれているだろうか。
そして、MLBは来シーズン以降も、この野球場でメジャーリーグの公式戦を開催するという。
「夢のフィールド(field of dreams)」はまだまだ続くのだ。