日向坂×セイバー 特別編 #3

※特別編は剣士たちのリフレッシュ旅行を描いた話です。戦闘シーンは一切ございません。
※今回は人によってはややセンシティブな内容があるかもしれません。ご了承ください。

  ◇ 彩花

 「ああ……あれ?」
 目を覚ますと、部屋は既に暗く、というより先程まで久美の部屋にいたはずなのにいつの間にか芽依との二人部屋に戻っていた。
「あ、起きたー?」隣のベッドに腰掛けてスマートフォンを見ていた芽依が、こちらに気づいて降りてきた。「大丈夫?」
「どうなってんの?何してたんだっけ」記憶を辿るが、枕投げの途中でぶつ切りになっている。
「あやは、史帆が投げた枕で気を失っとった」という芽依の説明を聞いて、何となく納得した。だからぶつ切りなのか。
「はあ……」思わずため息が出る。「今日の私、全然だめだ……」
 芽依がとことことやって来て、背中をさすってくれた。こういう時の芽依は妙に優しい。飼っている猫が飼い主の機嫌を察知するのに似たようなものかもしれない。
「私、こうやってみんなで旅行するのずっと楽しみにしてて、夢だったのにな……せっかく叶ったのに、こんなことばっかり……」
「めいもやで」
「え?芽依もなんかあったの?」
「え?めいもみんなと旅行したいって思っとったで」
 ああそっちね、と返す。見ればわかるが、たしかに芽依には何かあった様子は見受けられなかった。昔は何かある度に泣いていたのに。
「そういえばさ、最近めーめ泣かなくなったよね」芽依の好きな歌の歌詞の通り、涙の数だけ強くなったのだろうか。
「最近あんま泣いてへんかも」どこか他人事のように言う。
「昔はすーぐ泣いてたのにね。剣士とは思えない泣き虫で」八つ当たりなのは自覚していたが、そんなことが口をついて出た。
「たしかに、なんでやろ。でも、みんなといるうちにあんま泣かんくなった」
「なんで?」
「えー、でもみんながいれば大丈夫かなって思う。なんか、何があっても、みんながいてくれれば大丈夫やろなって」
「昔は違ったの?」
「めい人見知りやったし、いろいろどうしたらいいかわからんくて。でも、あやとかくみが話しかけてくれて、みんなとも仲良くなって」芽依の目は記憶を辿るように上を見ている。「それでも戸惑うことはいっぱいあってんけど、いっつもみんなが助けてくれたから、あ、みんなと一緒なら大丈夫やなって思えるようになった」
 芽依がこんなに喋ると思っていなかったうえ、ここまで深く芽依の心の内を聞いたことがなかったから、少しだけ戸惑った。一方で、不運続きで憂鬱だった心がいつの間にか軽くなっていることに気づく。
「あ、あと」芽依の話は続く。「めい、昔から自分がどんな人かわからんかってん。気持ちを言葉にするのも苦手で、自分の気持ちが自分でわからんかった。でも、みんなはめいのことわかってくれるし、泣き虫とかの弱いところもわかって受け入れてくれるから、安心できるのかも」
 芽依がここまで心の内をさらけ出すのは初めてに思えた。これほど一生懸命に言葉を組み立てて伝えようとしてくれる芽依を、初めて見た。普段、芽依は自分のことを語ろうとしない。基本的にへらへらと笑い、楽しそうに遊んでいるものだから、ここまで仲間への想いがあるとは、正直意外だった。芽依は自分のことをわかってくれると言うが、これだけ近くにいながらまだまだだな、と感じる。
「まだまだだよ」実際に声に出していた。「これだけずっと近くにいたのに、芽依がそんなこと思ってるなんて知らなかった。ごめんね」
 今の流れでこんなことを言うと芽依は傷つくかな、と心配もしたが、予想に反して芽依は笑顔を見せた。
「そんなことないで。あやはめいよりもめいのことを知ってる」
「でも、今も言ったけど私は芽依の気持ち全然気づいてなかったし」
「めいもやで」
 芽依が発するこの五文字は、何故かやたらと心を軽くしてくれる。
「どういうこと?」
「めいも今、言ってみて初めて気づいた。あやとめい、気づいたの同時ってことやんな?」
 不思議な理屈だったが、何となく理解出来た。形のない想いが、言葉にすることで形をとることは彩花にもある。
「芽依ちゃん、いっぱい喋れるようになったね」わしゃわしゃと頭を撫でてやる。芽依はあっさりと「めいは喋るよ」とだけ返してくれた。

  ◇ 愛萌

 目を開けて時計を見ると、午前3時30分を示していた。早く寝たせいで、無駄に早く目が覚めてしまった。ご来光を見に行くにしても集合は6時だし、日の出は7時近くだ。
 何気なく隣に目をやると、布団にくるまって寝息を立てている菜緒がいる。昨夜の艶かしい裸体が脳裏に浮かび、途端に身体が熱くなった。
 そーっと近づき、寝顔を覗き込む。菜緒のこれほど無防備な姿は珍しく、胸がキュンとする。菜緒の唇は女の子らしい、小さくてかわいらしいものだ。笑うとキュッと口角が上がるのが、愛萌は大好きだった。
 気づかれないように細心の注意を払いながら、布団を捲る。仰向けの菜緒の浴衣はほとんど乱れておらず、なんとも菜緒らしいなと思う一方で、どうやったらこれほど綺麗に寝られるのかと疑問に感じた。
 何故こんなことをしているのか、自分でもわからない。ただ身体が本能的に動いていた。
 そっと浴衣の裾を掴むと、息を殺してゆっくりと開いた。薄暗い中に、菜緒のショーツが見えた。今日は薄い水色だ。
 股間はほんのわずかに丸みを帯び、見るからに柔らかそうだった。ぎりぎりまで顔を近づけてじっくり観察すると、音を立てぬように匂いも嗅いでみる。
 抑えられなくなり、つい指で菜緒の股間をそっとつついた。ぷにっとした感触と共に「んっ」と声が聞こえ、菜緒の脚が内股にキュッと締まる。まずい、起きたか、と思ったが、そのまま何も起こらない。
 今度は菜緒の腰に巻かれた帯に手が伸びる。前にある結び目を、帯を揺らさないようにそっと解く。気づかれた様子はない。
 帯は完全には解かず、少し緩んだその状態のままにした。次に愛萌の意識は、胸元の合わせ目に向く。
 そっと捲ろうと指をかけた途端、菜緒の身体がピクっと動いた。慌てて手を引き、布団を掴む。
「……まな?」菜緒がうっすらと目を開けた。
「あー、ごーめん起こしちゃった?布団めくれちゃってたから直してあげようと思って」思い付きの嘘を言って、悪戯っぽく笑ってみせる。こうした方が疑われにくいはずだ。
「え?こんなにめくれてた?」菜緒が起き上がって不審気に布団を眺める。
「え?そうだよ?」当然という表情で答える。こちらが堂々としていれば、案外気づかれないものだ。
「……まあいいや」菜緒はそのままベッドから降りようとする。
「え?もう起きるの?いいよ、寝てなよ」
「目も覚めちゃったし、それに菜緒元々割とショートスリーパーだし」
「いや、そうじゃなくて、あっ、ちょっと」声を掛けた時には既に遅く、立ち上がった菜緒の腰からするりと帯が落ちた。抑えを失った浴衣がはだけ、菜緒が浴衣の下に着けているキャミソールとショーツがチラリと覗いた。
「……まな。どういうこと?」
「えーっと、寝てる間に解けたんじゃないかな?ほら、寝返り打った時とかに」
「まな」
「はい……ごめんなさい……」さすがに言い逃れ出来なかった。
「どういうこと?何がしたかったん」拾い上げた帯を結び直しながら、菜緒が言う。
「いや、何というか、ちょっとした悪戯だよ。ドッキリみたいな?」
「ほんまにそれだけなん?」
「え?」
 いつの間にか菜緒は真剣な眼差しでこちらを見つめていた。その視線に、たじろぐ。
「それだけって?」
「……なんでもない」そっけなく言うと、菜緒は洗面所へ向かった。
 布団を整えた愛萌が洗面所に向かうと、菜緒が椅子に腰掛けて歯を磨いていた。菜緒の日常に飛び込んだような気分になって、嬉しい。
 椅子は昨夜、愛萌が置いた物だ。頭がふらふらするため、そこに座って歯を磨いた。今はそこに菜緒が座り、同じように歯を磨いている。
 菜緒は右脚を座面に乗せ、珍しく少し崩れた姿勢だった。
「菜緒、パンツ見えてるよ」
 事実、右脚が上がっているせいで浴衣がはだけ、こちらからは菜緒の真っ白なショーツが丸見えになっていた。柔らかな太ももの間から覗く滑らかな生地に包まれた菜緒の股間は見るからにぷにぷにと柔らかそうで、愛萌はそこをつつきたい衝動に駆られる。
「まな、昨日からそんなとこばっか見てるやろ」恥ずかしがって慌てて脚を下ろすかと思ったが、意外にも菜緒は呆れるような表情でゆっくりと脚を戻した。愛萌としてはそれもまた魅力的で、あしらうようになってくれたのが嬉しくさえあった。ただ、恥ずかしがらないのは愛萌に慣れたからなのか、心を開いてくれたのか、或いは愛萌が眼中にない、つまり相手として何も意識していないからなのか。
 同性相手の恋というのは、そもそも相手は同性という時点で自分を恋愛対象とする考えは端から存在しない可能性が十二分にあるため、もちろん異性同士でも困難はあるだろうが、やはり実に難しい。
「菜緒はさあ、これまでに付き合った人とかいるの?」
「はっ?」
「あっ、こういう話は夜にすべきだったか。失敗したー!」しかしそこで窓の外を眺めて気づく。「まだ夜明け前だから間に合う!歯磨き終わったらベッドに戻ろ!」
「や、そんな急に言われても」
「いいからいいから!」
 少しして、菜緒が口をすすぎ始めた。少しの水を口に含んで、口の中を洗い、吐き出す。その一連の流れを見ているだけで、愛萌は楽しかった。
「で」布団を被った菜緒がこちらを睨む。「なんで一緒のベッド?」
「こういうのは隣に並んで話すって相場が決まってるでしょ。それともまなもと一緒のベッドはいや?」
 上目遣いで見つめると、渋々といった様子で「……まあいいけど」と了承してくれた。
「ふふっ。あったかい、菜緒の布団」先程まで眠っていた菜緒の温もりが、まだ残っている。それに、一緒に入っている菜緒の身体にくっつけば、直接その温もりを感じられる。
「でさ、話戻すけど」当然当初の目的は忘れていなかった。「菜緒って、交際経験ある?」
「なんで急にそんな話になるのよ」
「だってお泊まりといえば恋バナでしょ?」
 はあ、と大きくため息をついた後で「どうしても教えてほしいって頭を下げるなら、教えてあげてもいい」と口にした。
 当然愛萌はすぐにベッドから降り、床に膝と両手をつけた。
「はっ?いや、ほんとにする人がどこにいるの」菜緒が慌てる。「そんなことされてもこっちも困るし」
「だって菜緒が」
「菜緒としては、こう言えば『じゃあいいや』ってなることを期待したんだけど」
「菜緒。それは甘いよ。さあ、聞かせて?」
「ないよ」
「え?」
「ないって」
「嘘でしょ!信じらんない!」
「本当だよ」
「じゃあ何?もし土下座してたら、そこまで聞き出そうとして結果何もなしってなってたわけ?」
「あ、そっちなんや」
「冗談だよ。でも、やっぱ信じらんない。本当にないの?」
「本当だって。何度言わせんの」
「だって、菜緒に恋人がいたことないなんて。クラスメイトたちは何やってたわけ?こんな美少女が間近にいるのに」言ってから、もしかしたら菜緒は高嶺の花過ぎたのかもしれないな、とも想像する。
「そもそも男子と話したこと自体あんまないかも。菜緒自身自分から話しかけにいくタイプやないし」
「いや、それにしてもさあ……じゃあ告白とかされたことは?」
「何度かあった、かな」
「あ、よかった。これで無いって言われたらもう何も信じられなくなってた。で?交際経験無しってことは断ったんだ。なんで?」
「だって、まともに話したこともない人と付き合うなんてありえへんやろ」
「さっすが菜緒!しっかりしてるわ。お姉さん嬉しい!」
「あんままながお姉さんって感じもせんけどな」
「じゃあ何?」ここぞとばかりに、思い切って踏み込んでみた。
「え?」
「菜緒にとって私は何?どういう存在?」
「えっと、いきなりどうした?なんかすごい重い女みたいなこと言うやん」
 その言葉に、内心ショックを受ける。「嘘、私重い?」
「いや、言葉だけ聞くとそう聞こえるってだけだけど」
「よかったー!私重くないよね!大丈夫だよね!」
「いや、菜緒にはわからんって。重いも何も。恋人でもないし」
「あれ、恋人じゃないの?」冗談めかしたが、心臓ははち切れんばかりに跳ねていた。
「何言ってるん、ほんまに」あっさりと菜緒は返してきた。「まなは時々、どこまで本気で言ってるのかわからないことがある。冗談も真顔で言うし」
 もちろん愛萌は本気だ。さっき冗談めかしたことを後悔した。もっと本気を全面に出して伝えれば、こんな反応はされなかっただろうか。
 結局、「本気に見えた?菜緒意外と騙されやすいかもよ、気をつけた方がいいよ」とごまかして逃げた。それ以上この話をするのは怖く、菜緒に話の矛先を戻した。
「菜緒から告白したことはないの?」
「へっ?」
「今の話の流れ的にそうなるでしょ。さあ、どうなんだー?」布団の中で菜緒の二の腕をつつく。
「無理に決まってるやん!菜緒には絶対告白なんて出来ひん!」
「へえー、そうなんだ」にやにやと笑って見せる裏で、愛萌は覚悟を決める。いずれは自分から行くしかない。
「あ、そういえば」ずっと気になっていたことがあった。
「何?」
「菜緒って一回消滅したでしょ?」
「うん」
「そこから復活したわけだけど、菜緒の肉体は元通り人間と同じなの?」
 普通の人間なら肉体が消滅して復活することなど当然ない。それが起こった菜緒の身体は、果たして昔と同じなのだろうか。
「さあ。自分では変わった感じはないけど」
「見た目的には私も昨日お風呂でも見たし、まんま人間だったけど、でも内側はわからないし。身体機能に異常は?」
「ないと思う」
「食事と排泄はちゃんと出来てる?」
「うん」
「生理は?」
「変わりないと思う。消滅してた期間の影響はわからないけど」
「その他感覚が違ったりすることはない?」
「自分では全く」
「そっかあ」なら問題はなさそうだ。ここからはただの悪戯心だ。「じゃあ念の為に私が確認してあげるよ」
「え、今確認終わったんじゃないの?」
「問診の次は触診でしょ?」
 菜緒は無言で腕を差し出してきた。
「ん?なにそれ」
「ちゃんと腕あるよって。触ってもいいけど」
「いや、そうじゃなくてさ。そんなのは見ればわかるじゃん。触診は触らなきゃわからないことだって」そう言うと愛萌は布団を押し退け、仰向けにした菜緒の身体に跨った。
「え?何するつもり?」
「反応と身体機能が正常かのテスト」そう言って菜緒の首に舌を這わせた。左手で菜緒の帯を緩め、浴衣の内側に潜り込ませ胸をそっと揉む。右手は浴衣の合わせ目から差し込み、ショーツの上から菜緒の股間を指で刺激した。菜緒の身体がびくんと跳ねた。
「ひぁっ……!あっ……ちょっとまな、何を……んっ……や、やめ……んぁっ……やぁ……」
「いいから」
 少しすると、右手の指先に湿り気を感じた。左手には硬さを増した突起の感触がある。
 そこですぐに愛萌は身体を起こした。「大丈夫そうだね。感度も分泌も問題なしかな」
「まな!今のはさすがにあかんて、冗談抜きで」菜緒は慌てて愛萌を身体から下ろし、ベッドから降りた。「今のはさすがにどうやっても冗談じゃ済まんで。触診なんてレベルやない」
「ごめんごめん。ちょっとからかってみたくなっちゃった。菜緒があんまりかわいいもんだから」
「そう言っておけば大丈夫って思っとるやろ」
「あれ、ばれた?」
「バレバレや」
 浴衣を押さえた菜緒の目は不安定に泳いでいた。よほど動揺したらしい。
「そのウブな反応を見たところ、こういうのは初めてだね。処女なんだあ。かわいい」
「人をからかうのもええ加減にしいや」動揺のせいか、普段は標準語に混じる程度の関西弁がより強く出てくる。案外わかりやすいな。
「あはは、ごめんってー。怒った?」
「相手がまなやなかったら殺しててもおかしくない」
 そこまでとは。さすがに申し訳なくなった。考えてみれば、菜緒の性格や処女であることを思うと、安易に性的な部分に干渉するのはタブーであることは間違いない。
「……ごめん。調子乗りすぎたね」
「気づくの遅すぎや。まあ、まなやから仕方ない許すわ」
「嫌なら嫌って言っていいよ?今のは完全に私が悪いし」
「ええって。恥ずかしかったしいきなりこんなことされたから腹も立ったけど……まなやったから、その……そこまで嫌ではなかった」菜緒は早口で言うと、こちらを軽く睨んだ。「ってかそもそも、なんでさっきまでの話からこういうことになるん?」
「ああ。もし菜緒がいずれ誰かと付き合うことになるとしたら、肉体的に問題があると困るかなと思って。親切心だよ?」
「地獄への道は善意で舗装されているってこういうことなんやな」
「じ、地獄は言い過ぎでは……?あ、もしかして痛かった?気持ち良くなかった?だったらごめん」
「そうやなくて……」
「せめてものお詫びとして、浴衣直すよ」
 起き上がって菜緒の帯をキュッと締め直してやる。何だか予想以上に締まるな、やはり菜緒のウエストは細いなあ、なんて呑気に思っていると「まな、締めすぎ……お腹痛い」と怒られた。
「じゃあ緩めてあげる」
「いや、自分でやる。いいよ」
「なんで?」
「何されるかわからへん。また脱がされたりしたらたまらん」
「信用ないなあ。あ、そういえばパンツ濡れちゃったでしょ。大丈夫?着替える?」
「はっ!?ぬ、濡れてなんかないって、大丈夫やって」恥ずかしさを隠すように早口で菜緒が答える。
「いや、濡れてるのはわかってるから隠さなくていいって。恥ずかしいことじゃないよ、女の子は誰だってあそこは弄られれば濡れるものだから」
「……どっちにせよ大したことないから大丈夫」
「いや、ちゃんと着替えた方がいいよ。私の責任だからちゃんと私が着替えさせてあげるし、なんなら私が持ち帰って洗濯してあげようか?」
「まな、何考えてるか知らんけど、さすがに怒るで」
「あれ、ばれた?」
「バレバレや」
 一度緩めた帯をきっちりと締め直した菜緒は、ふと何かを思いついた顔でこちらを見た。
「ん?どうかした?」
「いや、まなの身体はどうなんかなって」
「私の?」
「だって、まなは本から生まれたわけやろ?」
 そういうことか。
「私も基本的には人間と変わらないよ。成長速度は速かったし空間干渉とかの不思議な、って自分で言うのもアレだけど、とにかくそういう力も使える。でも、それ以外は普通の人間の女の子だよ」
 それを聞いた菜緒はふっと笑った。「そういえば鼻血出しとったしな」
「そうだよ。身体もだし、感情も人間と変わらない」
「感情?」
「うん。物語っていうのは人の感情が織り成すものでしょ?本から生まれた私にも、その感情が宿ってる」
「なるほど。でも、そうやなくて」
「え?違うの?」
「なんで鼻血の話から感情の話が出てきたん?」
「え?だって鼻血が出たのは興奮しちゃって」
「は?のぼせたんやないの?」
 あ。そうだった。
「そ、そうだよ!のぼせちゃったんだ!」
「なんやそれ。怪しい反応」
「あれ、ばれた?」
「バレバレや」

  ◇ 明里

 「みんな揃ったー?」
 久美の声に、「陽菜がまだでーす」と声がした。
「あれ?ひよたん一緒の部屋じゃなかった?」
「朝風呂入ってそのまま来たので、朝は陽菜に会ってないです」
 朝風呂!その手があったか!今更ながらに気づくが、もう遅い。
「陽菜まだ寝てるんじゃない?」先日、リベラシオンに誘った時のことを思い出す。
「えー?でももう集合時間だよ?」
「それをやるのが、陽菜ですよ」
 皆がああ、確かにと言うような笑いを浮かべる。これで皆に怒られるどころか笑みを浮かべられるのは陽菜だけだろう。
「私起こしに行ってきますよ」そう言って、ひよりから鍵を受け取り部屋に向かう。
 ドアを開け、「陽菜ー、起きてるー?」と声を掛けると、「はいっ」と返事が返ってきた。明らかに、寝ぼけた声だ。
「やっぱり起きてないじゃん」部屋に入ると、布団の中の陽菜が慌てて起き上がって眼鏡を掛けたところだった。

 「さあ、着いたよー!」
 既に空は色付き始め、日の出はもう間もなくと思われた。
 結局集合時間ちょうどに起きた陽菜は、コンタクトレンズだけを付け、あとはすっぴんのままで出てきた。正直、明里としてはすっぴんのままでも陽菜はかわいいと思うから、さほど気にもならない。
「みんなで何か言いましょうよ」美穂が言い出した。
「あ、じゃあ『攻める』は?」
 先輩方が、明里たちに昨日の出来事を話してくれる。
「いいですね、攻める」美穂が面白そうに言った。
「じゃあ、日の出とともにせーので『攻める!』ね」久美が楽しげに笑う。
 少しすると、東の空が輝き始めた。もうすぐだ、と思うと予想以上に早く一際眩しい光が目に飛び込んできた。
 わあ、と皆が歓声を上げる中、久美が「せーの!」と声を掛けた。
「攻める!」

 ご来光を見届けると、再び旅館への道を歩いて戻り始めた。
「見てこれ、めっちゃ綺麗に撮れた」美玖がカメラの画面を見せてくる。
「え、ほんとだ!めっちゃ綺麗!」
「やっぱりすごいね、センスが」美穂もそれを見て言った。
「その後はこんなだけど」そう言ってカメラを操作した美玖が見せたのは、12人の女の子たちがブレブレで写っている写真だった。
「何度見てもひどいね、これ」
「全然揃わなかったねえ」
 よくある、全員がジャンプして空中に浮いているような写真を撮ろうとした1枚目がこれだ。跳んでいる人もいれば既に着地している人もおり、これから跳ぼうとしている人、跳ぶのに夢中でものすごい顔になっている人もいた。ちなみに、ものすごい顔になっていたのは明里だ。
「連写機能がなかったら未だに帰れてないかもね」
 そう、あれから何度やっても揃わなかったのだが、連写機能の発見によりついに全員が空中に浮いているような写真を撮ることが出来た。写真をスライドさせ、成功した一枚を眺める。
 美玖はその撮影の後でメンバーたちの写真をそれぞれ撮っていたようで、スライドさせていくと次々と朝日に照らされた仲間たちの顔が現れた。
「みんなすごい笑ってる」写真に写るメンバーはこちらに向いてポーズを取っていたり、全くカメラに気づいていなかったりとまちまちであったが、どれも朝日抜きでも輝かしいほどの笑顔だった。
「菜緒、いい笑顔してるじゃん」
 画面に映った菜緒の写真を見た美穂が嬉しそうに呟いたとき、ちょうど背後から「菜緒」と呼ぶ声がした。
 後ろを見ると、菜緒の横にとことこと陽菜が歩み寄る。
「あのさ、菜緒」
「ん?」
「いや、なんでもない」
 怪訝そうな顔をする菜緒の奥にいる陽菜と、目が合った。
 陽菜は小さく頷くと、もう一度「ねえ、菜緒」と声を掛けた。
「何?」
「あの、えっと、……前から思ってたけど、その、菜緒、かわいいなって」
 そう言って黙り込んだ陽菜を見て、菜緒は驚いたようだったが、すぐにくすっと笑った。
「ありがと」
 そう言って菜緒は、陽菜の頭に手を置いた。陽菜の顔が赤く見えたのは、きっと朝日のせいばかりではないだろう。
 自然と横に並んで歩き出した二人を見て、明里も前に向き直り、再び歩き出す。

  ◇ 美玖

 旅館に着いて朝食を食べ終えると、荷物をまとめてチェックアウトとなった。帰りにまた何ヶ所か寄ることにはなるが、この旅館とはここでお別れだ。
「最後にもう一回写真撮る?」
 久美の提案で、来た時と同じように玄関前に並ぶ。
 カメラをセットしていると、「どうぞ並んでください。私が撮りますよ」と旅館の人が申し出てくれる。
「いいんですか?」
「もちろんでございます。お客様の思い出を作るのが私たちの仕事ですから。そしてそれを残すのも」優しく微笑み返される。
「ありがとうございます。じゃあよろしくお願いします」簡単にカメラの操作を説明して、列に目を戻す。
 列の端では、二列目の菜緒と一列目の陽菜が談笑していた。珍しい組み合わせだな、と感じたが、そういえば陽菜が敵についた理由は消滅した菜緒を取り戻すためだったな、と思い出す。実は繋がりが深い二人なのかもしれない。
「あ!ずるい陽菜!菜緒とお喋り!」愛萌が頬を膨らませて菜緒の隣に立つのが見える。
「愛萌、邪魔しちゃだめだって」明里が後ろを振り向いて制する。
「じゃあ明里が私の相手してくれる?」愛萌が上目遣いで明里を見つめる。立っている愛萌がどうやって座っている明里に上目遣いをしているのか、見ていてもよくわからない。
 列の反対側では先輩方がわちゃわちゃとはしゃいでいた。彩花と芽依はこれまでに撮り合った動画を見せ合い、優佳に編集方法について訊ねていた。史帆と久美に至っては謎のポーズをし合っていて、何やら奇妙な声を上げている。
 美玖が列に戻ると、和やかな雰囲気はそのままに皆がさっと前を向く。こういうところがこの仲間たちの好きなところだ。オンとオフが切り替えられる。
「じゃあ、撮りますよー」旅館の人が声を掛けてくれる。
 来た時と違って、アクシデントはなくすんなりと撮影は済んだ。
「よーし、じゃあみんな挨拶するよー」久美の声に、皆がさっと一列に並ぶ。
「二日間、お世話になりました!せーの!」
「ありがとうございました!」
 いきなり頭を下げられた旅館の人は「え、いえいえ、そんな、こちらこそありがとうございました」と恐縮しながらも頭を下げ返してくれた。
「ほんとに、ありがとうございました」久美は何度かお礼を追加で言った後、「じゃあみんなバス乗ってー」と指示を出した。
「このバスはかわいい順に乗るんだよ」ひよりがいきなりそんなことを言い出した。
「なにそれ」
「第一プリンセス入りまーす」ひよりがバスの入口へ向かうが、それより早くこちらに気づかなかった先輩方が乗り込む。
「……まあひよたんは謙虚だから?最後でいいけど?」あっさりと態度を変えるひよりがおかしくて、同期たちに笑いが起こる。
「何してんのー、行っちゃうよー」窓を開けた史帆に呼ばれ、わらわらと乗り込む。

  ◇ 愛萌

 さてさて、予想外に特別編が長引いてしまいました。というわけで、ここからの旅行の行程は省略させていただきますね。
 え?急に文体が変わった?まあ緊急事態というと大袈裟ですけれど、この長引きすぎた旅行のお話からちょっと軌道修正をするためには多少強引な事もやむを得ないわけでして。作者に代わって私が軽く軌道修正をさせて頂こうと。
 え?メタ発言?まあ、空間の神ともなるとこういった感じで読者たる貴方の世界にも干渉出来るわけです。ということにしておいて下さい。
 話を戻しましょうか。予定以上に長引いた温泉旅行のお話ですが、まあ「お前が欲望任せに菜緒にちょっかい出してるからだろ!」と言う声も聞こえてきそうですが、とにもかくにもメインのお話に関連するところはこの辺りで終わりです。ここからはみんながただただイベントを楽しんでいるだけですから。ではメインのお話に関連するところとは一体何か、これを説明しておきましょう。
 こういったものを解説するのは非常に無粋なものですが、行きがかり上仕方ありません。
 まずは、温泉旅行というシチュエーション。これは、戦いで疲労した剣士たちの心を癒すとともに団結をもう一段深めようではないか、という趣旨によるものです。決して、私が菜緒の裸を見たかったわけではありません。断じてそんなことはありません。
 次に、いちご狩りでしたね。戻ってきた菜緒にメンバーがそれぞれ絡んでいくわけですが、ここで菜緒を特別扱いするわけでもなく、みんなの自然な仲の良さが伝わっていれば幸いです。伝わっていなければごめんなさい。何せこの作者、物語を書くのが初めてなもので、文やら表現やら描写やら構成やら、なにもかもド素人なのです。
 さて、次に温泉です。まずは着替え。ここは温泉に躊躇いがなく颯爽と服を脱ぎ捨てたあやちゃんや私と、裸を見られるのが怖いと一番最後まで脱がなかったとし姉さんや恥ずかしがってタオルで隠しながら着替えためいめいさん、私が無理やり説得して脱がせた菜緒など、それぞれのキャラクターを知っていただけたら。
 温泉の中では、いちご狩りとは違い特定の組み合わせで会話が繰り広げられます。陽菜と明里、菜緒と私。
 陽菜は空を見て思い出の話をしていましたね。思い出の順番……いえ、なんでもありません。こちらの話。それはそうと、陽菜の胸をとし姉さんが腕で挟み込んでいたとのことですが、多分わざとだと思います。陽菜はピュア過ぎて心配になりますね。騙されないといいけど。
 菜緒と私は、太陽が沈む瞬間の空を眺めていました。まあその前に私が菜緒の身体に大興奮していたわけで、お恥ずかしい限りです。だってほんとに綺麗なんだもん。
 そして太陽は沈み、星空が現れます。星空やそこに並ぶ星座を見上げながら、菜緒が心の内を吐露してくれました。これには心が打たれましたね。少なくとも私は感動しました。皆さんはいかがでしたか?……うんうん、そうですよね。だと思いました。さて、この後私は菜緒の裸体のあまりの美しさに興奮を抑えられず粗相を犯してしまいました。誠に失礼致しました、心よりお詫び申し上げます。私が物語の中であのような醜態を晒す羽目になろうとは……一生の不覚です。読者の皆様に顔向け出来ません。まあ文章なので顔自体描かれないんですけど。それに皆様というほど読者もいないかと思われますが。
 そんなわけで私は夕食後の卓球大会を途中で失礼して、離脱しました。その間に菜緒は同期の奇怪な行動を目にし、美穂と話をします。この二人、あの真剣勝負以降なんかいい感じなんですよね。ほんとに、嫉妬とかなくて、あの二人が永遠にああやって仲良くしてくれればいいなって。私も菜緒と一緒にいたいですけど。
 あやちゃんの不運続きには、特に深い意味はないようです。ただ、あゃめぃちゃんのお二人のお話を描く上で、多少真面目な雰囲気を出すためにあやちゃんのテンションを下げておきたい。だから実話を元にした話を交えつつ不運続きのあやちゃんを描いたわけですね。
 さて、続いては私の復帰ですね。復帰そうそうお前は何をしているのかと、そんな声があちらこちらから聞こえてまいります。仰る通りでございます。
 ただ、ここで重要なのは、菜緒も私も、普通の人間の女の子の身体なんだよ、ということです。それを示すには、性的な機能を弄るのが手っ取り早くて、そうなるとやっぱり私が菜緒を弄るしかないじゃないですか。そりゃあ私だってね、あんな風に菜緒のおっぱいを揉んだり菜緒のあそこを弄ったりしたくないですよ。二人の合意の上で楽しみたい。だけど、確認のためには仕方ないんです。
 でも、当たり前だけどあんなに美しくてかわいくて完璧に見える菜緒でも、おっぱいや性器もあって、濡れたりもするんだなって思いましたね。
 そしてご来光。陽菜、やったね。菜緒に伝えられたね。あとは集合時間に起きるんじゃなくて、ちゃんと準備出来るように起きれるようになろうか。すっぴんでもかわいいけどね。
 最後の集合写真撮影です。これはみんなの雰囲気と、自分たち以外の人には迷惑をかけないようにすんなり撮影を済ませられる、オンオフの切り替えが出来るところがポイントです。
 以上ここまで、駆け足ではありますが、ざっと解説してまいりました。え?駆け足じゃない?すみません、私足がとんでもなく遅いもので。とにかく、この特別編のお話でしたいことは全て終えました。ここからは再び世界の均衡を守る剣士たちの物語となりますが、こちらもどうか読んでいただけますと幸いです。

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