日向坂×セイバー #42
◇ 芽依
しばらくみんなでお話したり遊んだりしていると、大石橋が明里のライドブックを持って帰ってきた。
「解析の結果、破滅の書の中に眠っていた竜とブレイブドラゴン、それに光と闇の力が反応してこのライドブックが生まれたことがわかった」と説明されるが、芽依には何を言っているのかさっぱりわからない。
「光と闇?なんで?」彩花も首を傾げて尋ねた。
「今回覚醒した火炎剣と水勢剣が、最初に覚醒した時のことを覚えているか?」
「丹生ちゃんは私とリベラシオンで特訓したよね」優佳の言葉に明里が頷く。
「私河田さんとやった」久美も言う。
「そう。火炎剣と水勢剣は、光剛剣と闇黒剣によって覚醒を促された。そこに宿ったその力が、今回の反応を引き起こしたってわけだ」
全員が納得したように頷き、彩花も「へえ、なるほどねえ」などと言いながら頷いている。芽依には未だによくわからない。
隣にいる史帆に「なあなあ、今の話わかった?」と聞いてみると「え?うん、まあ大体は」と返ってきた。なんだか一人おいてけぼりにされたような気持ちで、寂しい。
芽依の表情から察したのか、史帆が「いいよ、じゃあ芽依は癒し担当で」と言ってくれた。史帆は優しいなあ、と改めて思う。
「それから、エターナルフェニックスのライドブックにも異常はなかった。もうファルシオンの暴走の心配もないだろう」という大石橋の言葉を聞いて、明里とひよりが嬉しそうに目を合わせる。
「じゃあ一件落着、だね」彩花が大きく伸びをする。
「と、言いたいところだけど」久美が声を引き締める。「まだやるべきことはたくさんあるよ」
「そんなところに、お出ましだ」大石橋が光っている本を取り出した。
「めい行く」すぐに自分から手を挙げた。話し合いの場では全く役に立てなかったので、せめて自分の得意な戦闘でみんなに貢献したかった。それに、記憶にある限りズオスを倒してからは戦っていない。鈍った身体を動かしたかった。
「きをつけてねー」呑気な様子で手を振る彩花の向こうで、大石橋が笑ったように見えた。大石橋さんが笑うの珍しいな、と思いながら、ロビーを出る。
ゲートを抜けた途端、目の前で爆発が起きた。突然のことにびっくりして、後ろにこてんと尻もちをついてしまう。
その時、爆炎に紛れるようにしてゲートへ入っていく人影が見えた。慌てて立ち上がって後を追いかけようとするが、無情にもゲートは目の前で閉じた。手に持っていたブックゲートはいつの間にか消えており、その場に一人取り残されてしまった。
◇ 陽菜
目を開けると、黒い本棚が目の前にあった。ストリウスにやられたんだ、と思い出す。
部屋には誰もいなかった。水勢剣とライドブックはそのままだったが、ブックゲートは奪われていた。
ブックゲートを奪ったとなると、彼らが向かう場所は一つしかない。結界が張られている、ソードオブロゴスのベースだ。
これは間違いなく自分が招いた事態であるから、自分が止めなければならない、と思う。しかしブックゲートがなければベースへは行けない。どうすれば……
目の前の本棚を見て、はっと思いついたことがあった。ポケットを探ると、さっきどさくさに紛れてストリウスから掏ったアルターブックが残っている。どうやら気づかれなかったらしい。
別に狙ってアルターブックを盗ったわけではなく、咄嗟に伸ばした手が掴んだだけのことだった。運のいいことに、陽菜の得意な『マッチ売りの少女』のアルターブックだ。
外に出て、人のいない場所でアルターブックを開くと、メギドが召喚された。すぐに陽菜も変身し、倒さないように気を配りながらダメージを与えていく。
不意にブックゲートが開くのが見えた。予想通りの展開に感謝しながら、流水居合を発動してメギドを倒す。
急いでまだ開いているゲートに向かった。地面に落ちているブックゲートが目に入り、考えるより先に拾う。誰が来たのかを確認する余裕もなく、ゲートをくぐった。ごめんなさい、と言う声は相手に届いただろうか。
ノーザンベースに来たのは良いが、どこへ行ったものかもわからず、とりあえずロビーを目指した。すると中で明里が倒れているものだから、慌てて駆け寄る。
「陽菜ちゃん」左から優佳の声がした。見ると、こちらもかなり傷ついている。
「丹生ちゃんは光の剣でどうにかするから、上の保管庫に行って」
「でも」
「いいから。信じてるよ」
こんな自分を尚も信じるという優佳の言葉に零れそうになる涙を堪えながら、頷いてロビーを出た。
階段を上る途中、横の壁に大きく穴が空いているのを見つけた。遅かっただろうか、と心配になったが、とにかく上の保管庫を目指すしかない。再び走り出す。
階段を上りきり、保管庫のドアへ駆け寄ると、見えない何かに阻まれた。こんな力を使えるのは
愛萌くらいだろう、とは気がついた。であれば、ブックゲートを使えば入れるかもしれない、と思いつき、来る前に拾ったブックゲートを開く。予想通り、中に入れた。
◇ 菜緒
振り向かなくても、そこにいるのが愛萌だということはわかった。未来予知で見ていたからだ。予知していたのに動かなかったのは何故か。動けなかったからだ。
「また無茶したの?」愛萌にはお見通しらしい。だから嫌なのだ。
「ねえ菜緒、部屋見たんだけど」
やはりその話か。
「まさか、消えるつもりじゃないよね」
菜緒は答えない。
「ねえ、なんで黙ってるの」愛萌の声が震えるのがわかる。愛萌もわかっているはずだ。この沈黙の意味を。
「……なんでもっと自分を大事にしてくれないの?」
ようやく菜緒の沈黙が肯定だと認めたらしい。
「菜緒が消えたら、残された私たちは?大切な人を二回も失うことになるんだよ?そんな私たちの気持ち、考えた?残された私たちのこと、考えた?」
当然だ。むしろ、思考の方向こそ愛萌の言ったことと違うが、今の菜緒の頭には愛萌をはじめとした仲間たちのことしかない。
ようやく動ける程度には回復してきた。次の予定まで時間もあまりないので、立ち上がって変身する。無理のない基本フォームならば保護機能が働き、多少の怪我や疲労などはカバーしてくれる。
「ついてきて」愛萌に言うと、空間を斬った。
「えっ?ここ、保管庫?なんで?」ワームホールを抜けてすぐに愛萌が戸惑いの声を上げる。
「メギドがここのノーザンベースの書を奪いに来る。多分、ちょうど今ロビーに現れた頃なはず」
それを聞いた愛萌はすぐにノーザンベースの書を使って仲間たちに語りかけ始めた。それが終わると、頃合いを見計らって、再び空間を斬る。
◇ 優佳
芽依が出て行ってすぐ、「もう少しこのライドブックについて調べてみる。サウザンベースの書籍もあたってみる」と言い残して、大石橋は新たなライドブックと共にサウザンベースへ向かった。
「あとは菜緒と陽菜が帰って来てくれれば」椅子に腰掛けながら明里が言うので「万全なんだけどねー」と続ける。「二人とも今どこで何してるのかなあ」
「片方は黒い本棚で倒れてるよ」
唐突に階段の上から声がした。振り向くと、いつの間にかレジエルとストリウスが並んで立っている。
「どっから入ったの」
「ちょっと拝借して」ストリウスがブックゲートをひらひらと振る。陽菜から奪った物か。
「みんな!聞こえる?」
唐突に、頭に愛萌の声が響いた。困惑していると、続く声が答えを教えてくれる。
「今、ノーザンベースの書を使って直接語りかけています。メギドの狙いはこのノーザンベースの書です。何人か、この本がある保管庫に来てください。なんとしても守り抜きましょう!」
何故か突然語尾に力が入った。一瞬頭がキンとなるが、すぐに収まる。
階段の上では、レジエルが時国剣を、ストリウスが煙叡剣を構えていた。
会話をしている余裕は当然ない。視線だけを動かし、さっと目を合わせる。それだけで意思の疎通には十分だった。
「光あれ!」声と共に光剛剣を高く掲げる。同時に、眩い光がロビーを包んだ。その隙に仲間たちがロビーを出て行ったことを察すると、光を収める。
「下らん時間稼ぎだな」レジエルが鼻で笑う。
「私たちが相手よ」明里が一歩前に出た。残ったのは優佳と明里、そしてひよりだ。
相手二人が階段を降りながら、デュランダルとサーベラに変身した。こちらの三人も変身する。明里は新たなライドブックを持って行かれてしまったため、二冊での変身だ。ワンダーコンボはやはり未だにリスクがあるか。
階段を降りきったレジエルが混合種を召喚し、三対三となった。明里がストリウス、ひよりが混合種、優佳はレジエルに斬りかかる。
◇ 美穂
土豪剣を背負って階段を駆け上がるのはかなりの重労働だった。ロビーに残って戦うべきだっだろうか、とも思ったが、あの限られたスペースで戦うのも難しく、結局はどちらにしても大差ないと言えた。
「美穂、大丈夫ー?」数段上から声を掛けてくれる史帆に「全然大丈夫ですよ」と答え、一息に駆け上がって追いつく。
「次の階だっけ?」彩花が振り向く。聖剣が無い二人と封印された美玖も、一緒に保管庫に向かっていた。
「そうですね、上って左手に」答えた瞬間、辺りに煙が立ちこめた。
「はーい、ストップ」目の前に降り立ったサーベラの声は、ストリウスのものだった。
「なんであんたがここに」
「せっかくだから聖剣の回収にね」
厄介なことこの上ない。ロビーの三人はどうしたのか、と引っ掛かるが、煙の能力があれば抜け出すのは容易いだろう、と気づく。
「は?あんたになんか渡すわけないでしょ」史帆がドライバーを腰に装着したのが見え、美穂も土豪剣を構える。
「変身!」
変身するや否や、史帆が高速攻撃を仕掛けた。が、煙となって躱される。
「ああ、めんどくさ!」史帆が納刀し、トリガーを引いた。
『黄雷抜刀!』
雷鳴剣に選ばれたわけではないのにこれほどの高速攻撃や必殺技が放てるのは、身体能力が高い史帆のなせる技だ。しかし、未だに使いこなせてはいないのか、そして今回は相手が悪かったのもあるだろうが、ブレーキが効かなかった。
必殺を躱された史帆は狭いスペースで踏み止まれず、勢いよく壁を突き破った。そのまま北極の氷へ落ちていく。
「としちゃん!」久美の声がこだました。
「あーあ。じゃあ残った聖剣を回収するしかないね」ストリウスがこちらに向き直る。
物理攻撃特化のバスターにとって、物理攻撃が効かないサーベラは最悪の相性と言えた。案の定振り回した土豪剣はことごとく躱され、防戦一方となる。幸いサーベラの攻撃力は特別高くはなく、装甲が防いでくれている。
手数の少ない美穂は、再び土豪剣を振り下ろすが、またしても躱された。その時、後ろで金属音が聞こえた。
振り向くと、美玖が持っていた音銃剣が床に転がっていた。封印されたため変身は出来ないが、無いよりはと持ってきたのだろう。
「これも貰っていくよ」音銃剣の属性に合わせたわけではないだろうが、歌うようにストリウスが言う。
「封印された聖剣を回収してどうするの」
「後々これが役に立つんだよ」小馬鹿にするように笑いながら、ボタンを三度押すのが見えた。
『超狼煙霧虫!』
まずい。超必殺となるとバスターの装甲を持ってしても安心は出来ない。
その時、ふっと目の前が暗くなった。
『習得一閃!』
闇から出て来たカリバーが、サーベラの必殺を受けた。耐える間が少しあり、その後で跳ね返す。
「菜緒!」
「思い通りにはさせない」菜緒の声は静かながらも力強かった。
今度はカリバーとサーベラが戦い始める。未来視の影響か、菜緒はことごとく相手の攻撃を見切っており、的確にダメージを与えていく。
「今日はここまでかな」ストリウスがボタンを押した。
「一つ教えておくわ。目次録への扉を開く場所は」煙の中から、ストリウスの声が都内の広場の場所を告げた。「止めたければ、そこに来なさい」
「行かせない!」菜緒が空間を斬ろうとするが、「いいの?今頃保管庫にはレジエルが向かっている」というストリウスの言葉に動きを止めた。その直後、煙が消える。既にストリウスの姿はない。
「菜緒」呼びかけるが、振り向くこともなく、菜緒は姿を消した。
◇ 菜緒
逃げられた。サーベラを仕留めて煙叡剣を封印出来なかった悔しさが、胸を埋め尽くす。しかし、それを引きずっている暇もなかった。今保管庫にいるのは愛萌だけ、危険すぎる。
ロビーの仲間たちは、怪我は負っただろうが命に別状はないはずだ。光の剣もあるし、心配は要らない。先程落ちた史帆も、ここで命を落とすことはない。どうやって生き残ったのかはわからないが、どの未来でも史帆は生きていた。ライドブックの力で空飛ぶ絨毯でも召喚したのだろうか。
「菜緒」後ろから美穂が呼んでくる。が、ここで 話している余裕もなく、空間を斬る。
「あ、菜緒!どこ行ってたの」保管庫に戻ると、愛萌が駆け寄ってきた。
その時、はっと頭に浮かんだ光景があった。闇黒剣の未来視だ。
駆け寄って来た愛萌を、思い切り突き飛ばす。倒れる愛萌の目が大きく見開かれているのがわかり、心が痛む。
『再界時!』
防御を整える余裕はなかった。槍の三又が、無防備な腹に突き刺さる。変身が解け、痛みに意識が遠のいた。
「菜緒!」起き上がった愛萌が、また駆け寄ってくる。
「自ら刺されに来るとはな。愚かな奴だ」デュランダルがこちらを見下ろしている。やはり界時抹消を使ってここに来たのだろう。だからこそ最短距離の階段にいた自分たちに会うことなくここに辿り着いた。
「ねえ、菜緒!菜緒!しっかりして!」愛萌が肩を揺すってくる。その肩越しに、レジエル扮するデュランダルが菜緒たちの後ろにあるノーザンベースの書に近づいてくるのが見えた。
「行かせるか……」振り絞った声は、弱々しく掠れてしまった。しかし、愛萌には届いた。
気づいた愛萌が振り向いて左手を伸ばした。同時に、レジエルの動きが止まる。
「それ以上は……近づかせない」声の様子からすると、愛萌もかなりの力を込めているらしかった。これが世界を繋ぐ存在の、自称空間の神の力というわけか。
「小賢しい真似を」レジエルが思い切り槍で空間を突いた。空間に亀裂が入るのが見える。愛萌がはっとした様子で右手を左手首のブレスレットに添えると、空間が修復される。
『オーシャン三刻突き!』
デュランダルの必殺にはさすがに耐えきれず、空間の結界が割れた。
「先に貴様らを潰しておこう。厄介者は消しておくに限る」
レジエルが槍を振りかぶるのが見えた。
『流水抜刀!』
目の前に、突然人影が割り込み、金属音が響いた。
「陽菜!」愛萌が叫ぶ。「なんで」
「こうなったのは……陽菜のせいだから」槍を抑えながら、陽菜が答える。「これは……せめてもの、償い」
「今更何を」レジエルが笑い、一際大きく槍を振った。
弾き飛ばされた陽菜は、ノーザンベースの書が置かれている台にぶつかり、変身が解けた。
「貴様ごときに何が出来る?貴様らは全員、ここで死ぬ」相変わらず見下したような口調でレジエルが言う。
「絶対に……」後ろで、剣を突き立てる音が聞こえた。
「絶対に、死なせない!」
陽菜がこれほどの大声を出すのを初めて聞いた。見たことがないほどに引き締まった表情だ。
「今更許されようなんて思ってない……でも、自分のしたことは自分で片を付ける。大切な人たちは絶対に死なせない!」
不意に、陽菜のブレスレットが眩い光を放った。それにつられるようにして、水勢剣が光り出す。
「あ、あれ」愛萌の声につられて視線をずらすと、ノーザンベースの書が光り、宙に浮いて形を変えた。そのまま陽菜の手に落ちてくる。
『タテガミ氷獣戦記』
「ライドブックだ……!」愛萌が嬉しそうに声を上げる。その奥で、陽菜がたった今出来たライドブックを開いた。
『吹雪く道行く百獣を率いる百戦錬磨の白銀のタテガミ』
開いたままのライドブックを、ドライバーに装填する。
『流水抜刀!タテガミ展開!』
剣を腕ごと大きく後ろに二回回し、身体の前に構える。
「変身!」
『全てを率いしタテガミ!氷獣戦記!』
白銀の新たなブレイズの姿が、そこにはあった。
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